これまで数々のブレヒト作品を手掛けた白井晃が、満を持して代表作『セツアンの善人』の演出に挑む
『セツアンの善人』は、第二次世界大戦中、ドイツの劇作家ベルトルト・ブレヒトが亡命先で執筆し、1943年にスイスで初演されました。神様が地上に降りてきて善人を探すというストーリーの本作は、ブレヒト作品を代表する寓意劇として、今も世界各地で上演を重ねています。
ブレヒトは第一次世界大戦への徴兵経験から、反戦を訴える作品や、資本主義を風刺した作品など、社会性の強い戯曲を多く世に送り出しましたが、それと同時に叙事的演劇や異化効果といったメソッドも提唱し、その偉大な功績から20世紀最大の劇作家と称されています。そうしたブレヒトならではのエッセンスがふんだんにちりばめられた『セツアンの善人』は、舞台の醍醐味が堪能できる一作です。
ブレヒトから大きな影響を受けているという演出の白井晃は、これまで『三文オペラ』(2007年演出、18年出演)、『マハゴニー市の興亡』(16年、演出・上演台本・訳詞)、『Mann ist Mann』(19年、企画監修)、『アルトゥロ・ウイの興隆』(20年、21~22年再演、演出)と、数々のブレヒト作品に取り組んできました。
ブレヒト作品が持つ社会への批評性にフォーカスし現代社会を照射する作品づくりを目指してきた白井が、この度、満を持して『セツアンの善人』の演出に挑みます。なお、今回の上演にあたり、ドイツ文学者の酒寄進一が新訳を手がけました。
善人とは? 幸福とは? 現代社会を照射する寓意劇
『セツアンの善人』は、畏怖すべき神様たちが、人間臭い立ち居振る舞いで下界に現れ「善人探し」をするという奇想天外な設定からスタートします。貧民窟に暮らす心優しき娼婦のシェン・テ(葵わかな)は、神々から「善人である」と認められ、褒美として与えられた大金を元手に商売をはじめますが、「善人であること」と「生きること」の両立は矛盾することだらけで、さまざまな困難が立ちはだかります。元来がお人好しのシェン・テの家には居候が増え続け、しまいには自分の財産まで分け与えてしまう始末。このままでは我が身が滅びるだけだと気付いたシェン・テは、冷酷にビジネスに徹する架空の従兄(いとこ)シュイ・タ(葵わかな・二役)を作り出し、自らがその従兄に変装をして、邪魔者を一掃するという計画を思いつきます。
「人はどこまで善人でいられるのか」「人はお金で幸せになれるのか」という現代社会に生きる我々にも通じる痛切な問いかけが、葵わかなが一人二役で演じ分ける、心優しき女性シェン・テと、ビジネスに徹する冷酷な青年シュイ・タという真逆な人物を通して描き出されていきます。シェン・テを中心に、アジアの都市とおぼしき「セツアン」に棲息する人々の息遣いを、演出の白井が今日的な視点からすくい取り、繊細にしてダイナミックな空間を表現します。
歌あり、ライブ演奏あり 音楽劇としての『セツアンの善人』
『セツアンの善人』には、ブレヒト自身が委託した音楽家パウル・デッサウによる楽曲が並びますが、今回の上演ではバイオリン・チェロ・パーカッションによるライブ演奏を交えて、音楽劇としても存分に楽しめる作品になる予定です。葵わかな・木村達成をはじめミュージカルでも活躍するキャスト陣の歌唱も本作の魅力の一つです。音楽監督には、ミュージカルやストレートプレイまで数々の音楽を作曲し、『ある馬の物語』(23年)でも白井とタッグを組んだ国広和毅を迎え、歌ありライブ演奏ありの臨場感あふれる舞台をお届けいたします。
葵わかな、木村達成など 若手からベテランまで総勢17名の個性あふれるキャストが集結
シェン・テと、シェン・テの分身である架空の従兄シュイ・タを演じるのは、テレビドラマや映画、CM、ナレーション、そしてミュージカルからストレートプレイまであらゆるジャンルで躍進目覚ましい葵わかなです。シリアスからコメディーまで確かな演技力で役の幅を広げてきた彼女が、相反する性質を持ったシェン・テとシュイ・タをどのように演じ分けるのか注目が集まります。
シェン・テが恋に落ちる失職中のパイロット、ヤン・スンには、ミュージカルからストレートプレイまで多くの舞台作品への出演で着実にキャリアを積み重ね、映像作品にも活躍の場を広げる木村達成が扮します。
また、神様と交信する水売りのワンには、映像から舞台まで幅広く活躍しダンスなどの身体表現も得意とする渡部豪太、息子を溺愛するヤン・スンの母親のヤン夫人には七瀬なつみ、シェン・テが買い取ったタバコ屋の元オーナーである未亡人のシンをあめくみちこ、シェン・テのタバコ屋に居座る大家族の祖父を小林勝也、そして下界で善人探しをする人間臭い3人の神様を、ラサール石井・小宮孝泰・松澤一之が演じます。
このほか、栗田桃子・粟野史浩・枝元萌・斉藤悠・小柳友・大場みなみ・小日向春平・佐々木春香という、若手からベテランまで、総勢17名の個性豊かな出演者が集結し、百年近く前に書かれた本作を現代社会にも深く通ずる普遍的な作品としてお届けします。