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2022年5月31日 特別企画お知らせ トーク 「世田谷パブリックシアター新芸術監督就任イベント ―公共劇場における芸術監督の役割を考える―」レポート

 

開場から25周年を迎えた世田谷パブリックシアターは、2022年4月1日に白井晃を新芸術監督として迎えた。この新たなスタートを記念し、4月19日、各公共劇場の芸術監督を招いてのトークイベントを開催。登壇者は、白井芸術監督、新国立劇場の小川絵梨子演劇芸術監督、彩の国さいたま芸術劇場の近藤良平芸術監督、KAAT神奈川芸術劇場の長塚圭史芸術監督で、進行役は世田谷パブリックシアター主催公演に数多く出演している俳優・成河さん。劇場の新たなる可能性について語る率直で熱い対話は大いに盛り上がり、3階まで埋まった観客が、熱心に耳を傾けた。舞台芸術の未来を感じさせるトークのレポートをお届けする。

 

 

芸術監督って、どんな仕事ですか?

 

成河  皆さまご来場いただきまして誠にありがとうございます。本日、トークショーの進行を務める俳優の成河です。世田谷パブリックシアターは4月から白井晃さんが新たに芸術監督に就任されました。今日は各館の芸術監督をお招きし、舞台芸術の未来について、芸術監督とはそもそもどういうお仕事で、今後どのような役割を担っていくべきなのかを、一緒に考える機会になればと思っております。登壇する皆さまをご紹介いたします。世田谷パブリックシアター(以下パブリックシアター)芸術監督の白井晃さん、新国立劇場(以下新国)の小川絵梨子さん、彩の国さいたま芸術劇場(以下さい芸)の近藤良平さん、KAAT神奈川芸術劇場(以下KAAT)の長塚圭史さんです。僕はこの芸術監督、演出家の皆さま全員とお仕事でご一緒した経験があり、その縁で光栄にも、こうして司会にご指名いただきました。とても尊敬する、よく知った方々なので、最初にまず率直に伺います。(小川に向かって)そもそも芸術監督に……なりたかったですか?

 

小川      え、私からですか?(笑) 芸術監督の仕事は、立候補制ではないですからね。最初にお話をいただいた時はびっくりして、思わず立ち上がって「どうして私なんですか?」とシンプルに聞き返しました。皆さんはどうでしたか?

近藤       芸術監督自体、どんな仕事かよく分からないですからね。ほら、求人情報サイトにも載ってないし(一同笑)

長塚       僕もKAATからお話を頂戴したときは正直びっくりしました。だから僕の最初の感想としては「思いがけない機会をいただけた」という感覚です。

白井       僕自身は世田谷パブリックシアターの前にKAATの芸術監督を務めていました(2016年4月~2021年3月)が、串田和美さん、蜷川幸雄さん、鈴木忠志さん……巨匠ばかりの芸術監督の姿を見ていた世代ですから、非常に驚きはしたけれど、真っ先に「光栄だな」と思いました。でもお受けする前に眞野純館長に「芸術監督って何をする仕事なんですか?」とは聞きました。

近藤       今、僕、すごくホッとしました。白井さんでも仕事内容を聞いたんですね。

白井       聞いたんですよ。そうしたら、「日本の芸術監督には、明確にこれをやらねばならないという規定はない。だからみんなで考えて作っていきましょう」と言っていただきました。これは本当に正しい言葉で、みんなで考えていくんですよ。だから長塚さんにKAATの芸術監督を受け継いでいただいた今は、長塚さんの考えで進んでもらいたいんです。

小川       私も「芸術監督って何をやるんだろう状態」だったので、新国の芸術監督を務められた、栗山民也さん、鵜山仁さん、宮田慶子さんと、それぞれ1時間ずつ2人だけの時間をいただいて、お話を伺う機会をいただきました。

白井       僕はその御三方に演出家として呼んでいただいた機会があり、その時の経験は、今、非常に参考になっていますね。

小川       経験者のお話はとても参考になりました。皆さんとお話することで劇場の変遷、歴史を知ることができ、その後、自分の中で、芸術監督に何が求められているのかをあらためて考えることができましたから。これは私の考えですが、任期がはっきりしていることは重要だと思っています。そして各劇場さまざまな個性の芸術監督がいて、責任を持って劇場の色をつけていくことが大切です。と同時に、こうした情報交換はどんどんするべきだと思いますね。

白井       新国立劇場は任期がきっちり決まっていますね。これは素晴らしいことだと思います。どう始まりどう終わるかは大事なことですし、新しく受け継いでいくことも必要ですから。

小川       KAATは任期5年ですか?

長塚       1期5年です。1期のみというルールはありませんが、初代芸術監督・宮本亞門さんも、白井晃さんも1期で退任されたので、まだ2期連続でされた方はいません。僕たちの先輩世代は、公共劇場という施設が生まれたばかりの頃に芸術監督になられた方たちですよね。今は時代が変化し、当時とは芸術監督に求める内容も変化してきていると感じます。これまでのことを批判するとか批評するとかいう気は全くありませんが、任期に対する議論というのは今後必要な課題だと僕も思います。

白井       確かに、新しい時代の公共劇場の在り方を考える時期になっていると思います。僕はKAATの芸術監督に就任する前に「芸術参与」という肩書きでの2年間の準備期間がありました。長塚さんもそうでしたし、これから定着していけばいいシステムだと考えています。これは新国の制度を参考にしてKAATでもお願いしました。

近藤       今年の4月に芸術監督としての仕事が本格的にスタートしましたが、就任する1年前に「次期芸術監督」という肩書きでの準備期間がありました。去年から複数のメディアの取材を受けてきましたが、記者の皆さんとお話していると面白いんですよ。喋っているうちに自分よりもその人が喋る量がどんどん増えていって……要するに、期待してくれているんですよね。「こうなったら面白いんじゃないか」とみんなすごくいいアイデアを言ってくれるので、「ああ、これはいいな」というアイデアはメモっています(笑)。

長塚       決められた任期の中で、劇場を豊かにし、その次のエネルギーに託していく。新しい芸術監督が就任するニュースって、劇場が動いている感覚があるんでしょうね。これも任期がある効用の一つだと思います。

小川       新陳代謝ですよね。一つの代で成し得ないことも、幾つもの代をつないでいくことで成し得ることもあると思うから。次の世代に何を残せるか、どんなものをお渡しできるかは、自分の中で大きなテーマです。

 

地域の人々に、どう劇場を開くか

 

成河       僕、すごく好きな話があるんですけど、小川さんがカフェに力を入れた話をしていただけますか?

小川       新国はシャープでかっこいい建物なのですが、足を踏み入れたことのない人にとっては、冷たい印象を与えてしまうと考えたんです。この入りにくい雰囲気をどうにかできないかと考えた時、初台駅を通りすぎる方からも見える小劇場のカフェカウンターの見た目をまずどうにかしたいと考えました。内装にも細かく意見を出して準備を進めたのですが、コロナ禍になりまして、悲しいかな一回もオープンしていないという(苦笑)。仕方のないことですが。

白井       コップのデザインにまでこだわったと伺いました。

小川       そうなんですよ。常にこちら側が、ワクワクする場所に変化し続ける意識をしていかないと、劇場が空間として閉じていってしまうじゃないですか。

成河       やっぱり芸術監督って未来を描いてドーンと理想を語ることもとても大事ですが、実際はコップ一つ、決して派手じゃないことも一個一個解決していかないといけないんですよね。

長塚       僕にとっても、劇場をどう開いていくかはずっと課題です。KAATの1階エントランスには「アトリウム」という、ガラスに囲まれた開放的なスペースがあるんですね。観劇に来た人だけではなく、ここは誰でも入ることができる。ちょっと休んだり、パソコンを開いて仕事をしてもいいし、自由に過ごしてもらえる共有空間なんです。それに、ここにいれば階上から舞台を観た人がおりてきて、その人たちの熱が横を通り過ぎていくじゃないですか。その残像がその人の中に残ればいいと思っていて。でもうちもそんな相談をしている間にコロナになってしまいました。

白井       長塚さんからはそういったことを、参与の時期から随分とご提案いただいていました。実際、入り口付近の人の流れが変化したと思います。

長塚       昨年春に『王将』-三部作-という6時間の芝居を演出した際も、アトリウムに芝居小屋のような特設劇場を建てました。偶然通りかかった人が「何だろう?」とちょっと立ち止まったりして、劇場と小さな接点ができるわけですよね。そうしたことを積み重ねていくことも大事な仕掛けだと考えています。

近藤       皆さんの劇場は都会のビルですが……さい芸の周囲には畑がいっぱいあって、元々、そんなに人が行き交ってないんですよ(一同笑)。だから地元と一緒に、人を呼ぶためのいろいろな仕組みを考えないと、“人が行き交う”という状態にはなかなか持っていけないんです。ここはうちの大きな課題ですよね。あと駅から劇場まで距離があるので、本当は道すがら「ワクワク」して欲しいのに、たどり着くまでに「ヘトヘト」になっちゃう。だから僕、冗談半分、本気半分で、トゥクトゥクを走らせたい!と言っています。それに乗り込んだら、席が隣になったお客さん同士が「同じ舞台を見るんですね〜」なんてちょっと世間話をしているうちに、劇場に到着できる。

白井       でもさい芸は、劇場に向かう道に俳優さんの手形があったり、シェイクスピアの名台詞が飾ってあったりと、さまざまな工夫が凝らされていますよね。パブリックシアターは逆に都会ならではの悩みがあって、人の流れがものすごく多いのに、ここに劇場があることすら知らない人がいっぱいいるんです。この間タクシーに乗ったら20年運転手をしている方が「僕、ここに劇場があることを知りませんでした」とおっしゃって、ショックを受けました。

長塚       確かにここにタクシーで来るのに「キャロットタワーまで」とは言いますが「世田谷パブリックシアターまで」とは言ったことがなかったかも……明日から言おうと決意しました(一同笑)。劇場関係者は今後タクシーに乗る際、キャロットタワーの上に劇場があると繰り返し言っていくべきですよ。思えば、新国立劇場に行くときも「オペラシティまで」と言ってるな。これも「オペラシティの隣にある新国立劇場まで」とフルセンテンスで言うようにします。

成河       僕、昔「新国立劇場まで」とお願いしたら、国立劇場で降ろされてびっくりしたことがあります(一同笑)。

小川  分かります! 最近はもう初台に着けるようになってきましたよ(笑)。

 

芸術監督の権限について

 

成河       西洋の劇場をモデルとした場合、日本の芸術監督には事業に関する人事権と予算の執行権がありません。日本の文化/国民性は独特なので、何でもかんでも西洋モデルに当てはまらないことの一つの証左だとも思いますが、ただそれだと、新しい芸術監督が物事を変化させる時のハードルが高いとも聞きます。

白井       例えば宮城聰さんが芸術総監督を務められる静岡県舞台芸術センター(SPAC)はいずれの権限も芸術監督が持ち、それは前任者である初代芸術総監督・鈴木忠志さんが構築されたシステムだと聞いています。静岡は素晴らしい成果をあげていらっしゃいますが、今の僕自身のことを考えると、「芸術監督が人事権と予算の執行権を持っていた方がいい」ときっぱり言い切れないと思っていて。それは大変ですよ。すごく難しい問題です。

成河       「あれば良い」「ないから悪い」とは言い切れない、これも丁寧な議論が必要だということですよね。

白井       本当にそう思います。予算権があればできることの可能性は広がるでしょう。でも、現実を見て歯止めも効いてしまう。人事面でも困難も生まれます。劇場が積み重ねてきた歴史もありますしね。良いこと、難しいこと、新しいことをうまく皆さんと共有しながら、あわせ飲んだ上で芸術面での旗振り役をやっていくというのが、今のやり方だと認識しています。プロ野球チームのように、監督が変わったらコーチも全部変わるという、そういうシステムにはなってないんです。

成河       1箇所に力や責任を集中させないシステムとも言えます。

白井       そうですね、それもあると思います。

長塚       この議論を始めるためにはおそらく、全国さまざまな規模の劇場に芸術監督がいる状況になって、日本の演劇界、芸術監督が、徐々に経験値を積み上げていける構造ができるといいですよね。イギリスでは小さな劇場にも芸術監督がいて、大きな劇場に行くまでにステップが踏めるんです。今日本ではそういう場があまりないですから。

白井       小川さんはアメリカで演劇の勉強をされていましたが、あちらはどうなっていますか?

小川       アメリカは劇団よりプロデュース公演が多く、ヨーロッパに比べるといわゆる公共劇場があまりないのですが……プロデューサー、ドラマターグ、俳優といった方が芸術監督に就任することもあり、比較的多様かもしれません。以前、韓国の芸術監督に伺ったのは、1人で全部抱えるのではなく、チーフプロデューサーとタッグを組むそうなんです。予算を掴んでいる人と、アーティスティックな方向を進める人がそれぞれ役割を分担する。フランスでも、イギリスでも、アメリカでも、ドイツでも、2人タッグの劇場が存在します。

成河       現状、日本に一番合う形はどれだと思いますか?

小川       今すぐ最適な答えを出すのではなく、答えを出すためには、長い目で取り組んでいくべきだろうと思っています。劇場によって抱えている事情は違いますし、考え方も違うでしょうから、劇場ごとに選べればいいとは思いますが。

長塚       こうやって各劇場の芸術監督が話し合う場を設けることも一つの議論の場でしょうし、まだまだ日本における公共劇場のシステムを固めるのは、先の話だと僕も思います。まずは演劇そのものをどれだけ周知させるか、それ自体がまず大きな課題でしょうね。そのためには、劇場自体がきちんと行動し、活発に動いている、そのことを示すことが大事でしょう。街に劇場があることを、劇場を訪れたことがない人たちにも知ってもらって、環境を整えた先に、本格的に考えるときがやってくる気がします。

 

公共劇場で上演するべき作品、そのバランス

 

成河       舞踊は言語を超越した表現なので、国際交流も盛んというイメージがあります。そこについては、近藤さんいかがですか?

近藤       確かに舞踊はノン・バーバルなので、国を越えて通じ合える部分もありますが、本当の意味で“交流”することはそう簡単なことでもないんですよね。作品を持っていく/持ってくるということは比較的気軽にできますが……。要は、面白いものも面白くないものもいっぱいありますから(笑)。さい芸は初代芸術監督が作曲家・音楽評論家の諸井誠さんで、2代目が演出家の蜷川幸雄さん。そして3代目の僕が舞踊の人間と、音楽・演劇・舞踊と違うジャンルで繋いできた劇場です。ですから舞踊を掲げる人間として、そこからアプローチすることで見えてくるものを探したい、挑戦したい、劇場の在り方を考えたいとは思っています。

成河       僕はこれまでさい芸で、数々の素晴らしい舞踊作品を観せてもらいましたので、大いに期待しています。では少し方向を変えて、大きな問いを投げかけても良いでしょうか。公共事業は、より多くの観客に届けるという態度が必要だと思います。ですが現状、動員を増やしていこうとすると、結局、従来の演劇ファンに多く通ってもらったり、チケットセールスのある俳優の特定のファン層に頼らざるをえないというのが、実情のように思います。単純な動員数ではなく、観客の本当の意味での多様性を獲得していくためには、公共劇場としては今後どのような活動、あるいは、制度が必要だと思いますか。または、現況それを妨げているものはなんでしょうか?

長塚       白井さんからどうぞ(一同笑)。

白井       これは本当に難しい問題です。多くの人に劇場を開いていくこと、エッジの効いた作品を世に問うこと、それから集客をすること。このバランスは相入れるときもあるし、相反することもあります。多くの劇場がおそらく、行政からいただいているお金だけでは、365日間劇場を恒常的に動かすのは不可能だと思います。つまり収支のバランスを取るために、劇場でも自家発電していかなくてはいけない。そのためには例えば、人気のある俳優の方に出ていただく公演もある。開き直るわけではないけれど、必ずしもそれが「悪い」とも言えないんですよ。その俳優を見たいと足を運ぶ皆さんも公共、お客様ですしね。そういう機会を作るっていうのも大切なんじゃないか。あと僕の場合は、ダンスも含めて舞台芸術を一部の人が求める小さなものに閉じ込めたくない、常に事件を起こしたいという気持ちがありますので、集客力のある俳優やアーティストの皆さんたちと一緒に物を作る行為も必要だと考えています。串田さんが昔「劇場で事件を起こすんだ」とおっしゃっていましたが、これは僕にとって教科書のような言葉なんですね。また、パブリックシアターの初代劇場監督である佐藤信さんは「劇場は広場」というスローガンを掲げられました。だから色んな人が集まって良いわけで。今日こうやって皆さんに集まっていただいて僕たちが喋ることも“広場”ですよね。そしてこうした企画に多くの人に足を運んでいただくのも、話題性と発信力が必要ですから。

長塚       現実問題として、白井さんがおっしゃる通りだと思います。もちろん僕も、知名度のある俳優さんが出演することが主眼になることには抵抗がありますが、劇場がぐっと身近に感じられるもの、演劇を観たことがない人が「わっ、知っている、会いたい」と思うような俳優さんが出演する舞台も必要だと思いますから。KAATがある神奈川県は西に広がっているので、東京からのアクセスは比較的良いけれど、県の逆側からくるのは大変なんです。KAATまで足を運んでいただけるような話題づくりも必要です。と同時に、先日成河さんにも出演してもらったKAATカナガワ・ツアー・プロジェクト『冒険者たち ~JOURNEY TO THE WEST~』では、新たなお客様と出会い、演劇の魅力を伝えていくために、県内6都市を巡演するプロジェクトでした。(*)劇場に新しいお客様を呼ぶ仕組み作りと、劇場から飛び出してお客様に出会いに行く、両方が必要だと思っています。

成河       新国立劇場には、数カ月ごとに試演を重ね、演出家・芸術監督・制作スタッフが協議を重ねていく「こつこつプロジェクト―ディベロップメント―」があります。またフル・オーディション・システムの公演もありますね。

小川       まず集客に関して言えば、私も100パーセント白井さん長塚さんと同意です。ただいろんなことに縛られず、作品に向き合うだけのキャスティングも普通でありたいとも思いますし、事務所に入っていない俳優にも情報を届けるという意味で、フル・オーディションという形は有効です。毎回、たくさんの方が応募くださるので、もっと公演を増やしたい、けれどもマンパワーが足りない……など、いろいろな課題もあります。「こつこつプロジェクト」に関してお話すると、通常舞台の稽古は一カ月程度です。でも私自身「これだと足りなくない?」と感じることが多々ある。もちろん、この期間でできる能力のある方もいらっしゃると思いますが、時間をかけて創作する選択肢があるのが、ものづくりの現場として健康的だと思っています。いつまでも「プロジェクト」と言う心苦しさはあります。すぐ成果を出さないといけない企画はプレッシャーがありますよね。でも現実的には、一気に変えられないこともありますし、時間をかけて進められる企画も大事だと思っています。

近藤       舞台芸術って、「作品」とは呼べない稽古期間にも、ものすごく面白みがありますからね。「こつこつプロジェクト」のように、その過程の部分に価値を見出す企画はとても面白いし、今度、小川さんに詳しく教えてもらいたい(笑)。ダンスなんて、本番は2日3日とすごく短いですから。それに、創作過程でもお客さんと関係性が持てる可能性ってとても豊かですし。クリエイションの様子もお客さんが楽しんでくれて、価値を生み出せれば、そんないいことはないと感じました。どうしてもどの現場でも、「本番=結果」ばかりを求めてしまう傾向にあるので。

長塚       これは稽古期間、つまりものをつくる過程に報酬を支払うかどうかの議論にもつながりますね。このことを考えてみる、発想を変えるだけで、実は公共劇場は変わると思っています。

成河      日本ではその話が常識としてなかなか通用しませんね。

白井       今の日本では、本番ワンステージあたりにギャランティーが払われるのが現状ですが、海外では多くの場合、稽古にもギャランティが支払われます。ただコロナ禍の影響で、契約制度をきっちりしようという動きは生まれつつあります。

長塚       不測の事態が起きた時にどういう補償が出るのかは、今後重要ですよね。話は少し戻りますが、先ほどの、時間をかけてのクリエイションの話で思い浮かべたトピックがあるんです。僕が文化庁の(新進芸術家海外研修制度で)英国に留学していた時期に、ナショナル・シアターに数カ月出入りする機会があったんですね。その時にスピルバーグの映画にもなった『War Horse(ウォー・ホース~戦火の馬~)』という舞台が、彼らにとって自慢の作品だったんです。あれはリハーサル期間をものすごくかけて創作した、それこそ、さまざまなディベロップメントの結晶みたいな傑作。僕の中では、あれが公共劇場の一つの理想としてあります。とてつもないクオリティ、スケールもあって、俳優たちは有名も無名も関係ない。それが任期中にできるかは分からないけれど、密かに夢は抱いています。

近藤       そういえば、さっき楽屋で成河さんが話してくれた、役者が社会参加するフォーマットの話をしてよ。

成河       え! (客席を見ながら)皆さん、ただの夢想だという前提で聞いてくださいね(笑)。舞台芸術にはいろんなパフォーマーがいますよね。そうした人材を公共劇場がハブとして集め、学校や高齢者施設というような公共施設から「今こういう人が必要です」という情報が来た時に、社会参加のために雇用/派遣していくというシステムは面白いんじゃないか……という雑談を楽屋でさせてもらいました。ダンサーは介護スキル、俳優はコミュニケーションスキルが高いと言われることもあり、実際そういった能力を活用した実例も海外にはあります。誰がそのスキルをどう判断して査定するのかという難しい問題もありますし、パフォーマーが社会参加することについては、個々で全く意見が違うと思います。……こんなもんでいいでしょうか?(笑) そもそも、そんなことは可能でしょうか?

白井       劇場専属のパフォーマー、レジデンス・アーティストという発想に近いかもしれませんね。ただ、「パブリックシアターのためだけに、いつでもスタンバイしておいてください。他の作品には一切出ないでください」とパフォーマーの方に頼むのは、現状、難しいですよね。ここにはもちろん劇場の予算の問題もあります。でもどうしてもやりたい企画なら、そこから逆算して劇場の経済をどう設計するかを考えていけばいい。要は何事も情熱なんです。本能的な欲望があるんだったら、どんな事業も実現する方法を探るべきだと思います。ちなみにパブリックシアターでは佐藤信さんが劇場監督をされていた開館当時から、学芸事業に力を入れてきました。プロのパフォーマーが世田谷の小・中学校でのワークショップや、高齢者施設に演劇作品を運ぶ移動劇場などに参加する、劇場の役割を地域に広げる事業ですね。俳優あるいは劇場の可能性を広げるような意識をみんなで積み上げていけば、成河さんが言うようなことも、不可能ではない気がします。

成河       ありがとうございます。なんと言ってもパフォーマーは裸一貫ですから、どんどんいろんなところに派遣していただければ、観客と劇場をつなげる種になれると思っております。名残惜しくはありますが、そろそろ終わりの時間が近づいてきました。最後に皆さまから、白井晃芸術監督へのエールを一言ずつ頂戴できますでしょうか。

長塚       去年の3月までKAATで芸術監督をされ、今年4月からパブリックシアターの芸術監督をされるなんて、こんなバイタリティを持っている方はそういないですよ。KAATでの経験を大いに生かしながら、暴れまわって欲しいと思っていますし、楽しみにしております。

近藤       僕にとって白井さんとの出会いは、『星の王子さま』の振付でした。その時に白井さんが「僕は音楽もダンスも演劇も好きなんです」とストレートに、ちょっと首を傾げながら喋ってくれて(笑)、その白井さんがこうやって活躍し続けてくれていることに勇気づけられるし、白井さんのことを応援しています。これからもよろしくお願い致します。

小川       エールを送るなんて僭越ですけれども、白井さんが芸術監督をされると聞いてすごく嬉しかったんですね。そしてこうやって「お話をしよう」と誘ってくださることも、そう簡単なことではないと思うんです。尊敬する先輩として敬愛し続けると思いますし、白井さんがのびのび楽しく芸術監督を務められると嬉しいです。

白井       皆さま、今日は本当にありがとうございました。お話することで自分の中で言語化できていなかったことに対しても、さまざまなヒントをいただけました。コロナで劇場文化は難しい時代ですが、「こういうことがやりたい」という強い気持ちを持ち続け、ここが元気な場所になるよう頑張っていきたいと思いますので、ご支援のほど、何卒よろしくお願いいたします。

*公演関係者に新型コロナの陽性が確認されたため、ツアー公演の一部が中止となった。

 

 

 

文/川添史子  撮影/田中亜紀

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