シリーズ講座『舞台芸術の現在』
Vol.5「加速する枠のゆらぎ〜ドイツ語圏の演劇・21世紀初頭の展開」
2009年11月12日(木) 19時〜21時
萩原 健
(明治大学国際日本学部専任講師)
《感 想》
〈演劇〉と向き合う際、われわれはどれほど無意識のうちに既成の概念や固定観念を前提としているだろうか。本講座はそれらを〈枠〉と定義し、その〈枠〉が大きくゆらいでいるドイツ語圏の現状を手がかりとして、21世紀初頭の現在における〈演劇〉をとらえなおしていく試みである。〈枠〉を越えるということが、新たなクリエーションの大きな課題であり意義深い点のひとつであるともいえるであろう。
数多の〈枠〉に対して常に意識的であり果敢な挑戦を続けているものとして、ドイツ語圏の演劇および文化行政がある。本講座は、数多くのドイツ語圏演劇を目の当たりにし、研究を続けている氏による、まさに時を同じくする状況についての報告となった。劇場パンフレットや新聞報道、映像など実際の現地の資料を多数用いることで、連綿と培われてきたドイツ語圏の劇場制度と今現在も変容を続けている状況が結びつき、ドイツ語圏演劇を支える堅牢な制度的基盤の実態、そのうえに成り立つ演出家たちの挑戦や新出の演劇集団によるクリエーションの詳細など、流動的かつ可変性とともにある生き生きとした現在が示された。さらにはそれらドイツ語圏の現状をふまえることで日本のアート・マネジメントや劇場の制度的課題および特徴が対照的にあぶり出され、大変示唆的な講義であった。
記録:山本彩加(早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程1年)
はじめに
今回、講義タイトルを〈加速する枠のゆらぎ〉と決めました。〈枠〉が揺らいでいる、その揺れの速さがどんどん速くなっている、というような意味です。それでは〈枠〉とは何か。たとえば、〈制作〉-作り手の側、〈観劇〉-受け手の側。このようにさしあたり何らかの〈枠〉を設定して物事をつくってはいないか。物事を観てはいないか。その際に、前提あるいは手がかりとしているもの、それを〈枠〉と呼びたいと思います。
例をあげてみましょう。ひとつは芸術分野の中でも美術や音楽とは別物とされる〈演劇〉という枠。そしてその演劇のなかでも、いわゆる〈ストレートプレイ(台詞劇)〉は、オペラやダンスとは別物とされます。さらにストレートプレイの上演を考えてみると、当たり前のようですが、舞台の上に俳優がいて客席に観客がいる。また、舞台と客席というのは、ひっくるめて〈劇場〉という枠であり、戸外とは別の空間である。そのような枠組みもありうるでしょう。さらに、本日のテーマ〈ドイツ演劇〉とは日本演劇やアメリカ演劇とは別物である、と、括弧付きの〈別物〉と見做すような〈枠〉を設定してアプローチをしてはいないでしょうか。
このような問いかけをしたうえで、具体的なお話にはいっていきます。今、私がお話をしている受け手であるみなさんはひとまずドイツ演劇の全くのビギナーであるとしてお話をします。