劇場とは箱のことだと思っているのが現在の日本人の大半の意識であるが、昔は、芝居小屋といえば、そこで毎日芝居を演じる専属の劇団、すなわち座を抱えているところだというのは、あまりのも当たり前のことであって、だれもそれを疑ってもみなかった。それがいつのまにか劇場と劇団を分離して考えて平気になり、ついには箱だけ作れば、あとはだれかが何とかしてくれるという「箱モノ」思想を生みだしてしまった。「箱モノ」批判など、批判すること自体がバカバカしいような話で、舞台関係者が大した努力もしないでぼんやりしているものだから、こんな俗説をまかり通らしてしまったのだ。
さすがにこの状態を変えなければならないという関係者が現れたのは当然で、今日ではいくつかの成功事例も生み出している。その多くが民間の劇場=劇団の事例であるのは、まことに行政の無知ないし怠慢であるが、ここにかろうじて世田谷パブリックシアターは、まだ完成形にはやや隔たりがあるものの、創造劇場としての仕組みを作りだしてきている。
そのなかで興味深いのがレクチャーやワークショップ、研修という、専門家を含みながらも、幅広く市民のアーツ・リテラシーの向上に寄与するプログラムの展開である。
世間では、高度な創造機能をもつ劇場と、学校や地域への普及活動を推進する劇場を分けるべきだという議論もあるが、この二つは本来切り離せないのではないか。そもそも創造性の低い陳腐でつまらない公演を見せられても、だれも感動はしないし、特にはじめて生の演劇に接するような子どもたちなど、最初の出会いがつまらないと生涯演劇を好きになってくれないだろう。
だから創造性が高くなければ、何事も始まりはしない。本劇場こそ今以上に創造性を高める努力をしなければならない。その上で、地域の劇場としての役割も同時に果たすことが十分にできるだろう。レクチャー・プログラムには、創造劇場にして地域劇場である世田谷パブリックシアターならではの役割が課せられている。どこまで発展するか大きな期待を持って見守りたい。
世田谷パブリックシアターは、東京の三軒茶屋にある劇場です。1997年の開館以来、劇場という場を拠点として、地域の人々と創り手の人々が出会い、相互に影響を与えながら豊かな舞台芸術が生み出されることを目的に活動してきました。そのため、作品創造活動のみならず、ワークショップや、舞台芸術についてのありとあらゆることを扱った講座も積極的に実施してきています。
特に、2007年度からは、公共劇場のありかたを検証し、公共劇場を運営していくための知識や考え方を身につけていくための「パブリックシアターのためのアーツマネジメント講座」を始動しました。この講座プログラムでは、「劇場運営」、「地域における劇場」、「創造の現場」、「舞台芸術論」の4つを柱に、年間50程度の講座を開催しています。アーツマネジメントといっても、スキルの習得には全くこだわらない講座群となっており、世田谷パブリックシアターが劇場にとって何が必要だと考えているかが分かる構成になっていると思います。
これまで、こうした講座に物理的に通うことが難しく、講座に出席することがかなわなかった方々などから、講座の内容が知りたい、勉強したいという要望を数多く受けてきました。ライブで行われている講座はライブで聴いて頂きたいという思いもあり、また、講師と受講生が同じ場でディスカッションを進めることを特に重要視していることもあり、どのような形で講座の内容をお伝えするのが良いか決めかねていましたが、今回、このような形で講座の記録を公開することとなりました。
2009年度の途中から始めたものですので、ここにあるのが全ての記録で、2009年度の講座の全てをカバーしていませんし、また記録の取り方も長さも講座毎にまちまちです。ご不満な点もいろいろあるかと思いますが、ご理解の上、お役立て頂ければ幸いです。このホームページがどのように発展していくかは未定ですが、できる範囲で劇場の講座と連動していく形で進めていきたいと思っています。
さいごに、講座をご担当くださった講師のみなさま、受講生のみなさま、どうもありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
世田谷パブリックシアター学芸 (2010年7月)
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