SPTラボラトリー レクチャー地域の人とつくるオルタナティブな演劇~愛知県春日井市「演劇×自分史」プロジェクトのつくり手〜
近年、従来の形に捉われない、地域の人とつくるさまざまな演劇実践が全国で展開されている。商業ベースに乗らないこれらの取り組みは、確かな成果を生み出しながらも、その上演の機会の少なさ、再演の不可能性において、人目につきにくく、評価されにくいものだ。
世田谷パブリックシアターでは、舞台芸術活動と地域社会との結びつきから生まれる新たな可能性を、公共劇場として追及してきた。本シリーズは、各地で実践されている「地域の人とつくるオルタナティブな演劇」の取り組みについて、事業に関わったつくり手に話しを聞き、その知恵の在りかを探るものである。
2024年10月22日のゲストは俳優・演出家・劇作家の有門正太郎さん、公益財団法人かすがい市民文化財団の山川愛さん。かすがい市民文化財団が主催し、2016年にスタートした「演劇×自分史」プロジェクトを開催するに至った経緯や有門さん、山川さんが活動を通して考えてきたことを伺った。当日お話されたことの一部を紹介する。
※SPTラボラトリーとは
様々なバックグラウンドを持つ人たちが集まり、演劇ワークショップと社会の関わりについて、互いの関心や課題を持ち寄り、思考、実験、育成し合うことを目的とした、世田谷パブリックシアターの人材育成事業。
目次:
自分史の土壌がある春日井市、日本自分史センターがある「文化フォーラム春日井」
「演劇×自分史」プロジェクト始動
「自分史を使ってどこまで遊べるか」と「人の人生で遊ぶんじゃねえよ」の狭間で
新型コロナウイルスの影響で延期・中止に
再始動、劇団化、そしてこれから
自分史の土壌がある春日井市、日本自分史センターがある「文化フォーラム春日井」
愛知県春日井市(かすがいし)。人口約30万人のこのまちは、書家・小野道風の生誕伝説がある「書のまち」だ。2000年に建設された文化複合施設「文化フォーラム春日井」には、自治体初の「日本自分史センター」がある。
2016年からスタートした「演劇×自分史」プロジェクトは、これまでに10代〜80代までが参加し、それぞれの自分史をつなぎあわせた演劇作品を発表している。
「演劇×自分史」プロジェクトが生まれる手前には、かすがい市民文化財団で働くあるひとりの職員の熱意があった。当時、音楽事業と比べて、市民が演劇にふれられる事業が限られていると感じたその職員は、周囲に相談しつつ地域創造「リージョナルシアター事業」に応募。その際に声をかけたのが俳優・演出家・劇作家の有門正太郎さんだった。この頃は「自分史×演劇」というコンセプトはなく、子どもたち向けの演劇ワークショップを行った。
初年度のプロジェクトを終えた有門さんが、館内で思いがけず目にしたのが「日本自分史センター」だった。8畳ほどの小さな部屋に全国から寄せられた約8,000冊もの自分史が並ぶ空間。財団としては、市の事業としてはじまった「自分史」をどう扱うべきか、コア層であった高齢者とは異なる世代にも携わってもらう方法を模索している時期。有門さんの「自分史、おもしろい! 演劇とも相性がいいと思う」という後押しもあり、「演劇×自分史」プロジェクトが動き出した。
そもそも自分史とは、歴史家の色川大吉さんが「無名の庶民、無名の個人が、昭和という歴史の中でどのように生きてきたか」という趣旨でまとめた『ある昭和史ー自分史の試み』で体系化された用語である。「演劇×自分史」プロジェクトを進めるにあたって、まずは自分史センターの相談員への相談と取材を行った。
有門さん 「相談員の方に『自慢史(自慢話)になると途端につまらなくなる』と言われたのが印象的でした。立派な功績を並べるよりも、その人がずっと気にして誰にも言えなかった些細なこと、心の奥底にある扉を開く方が、よっぽどその人ならではのオリジナルな物語になる。それを聞いた瞬間、『あ、これなら演劇として作れる』と確信しました。」
自分史センターには8000冊の自分史がある。そう考えると、既に存在する自分史から演劇作品をつくることもできたはずだ。しかしそうはしなかった。
有門さん「自分史は誰かが作品をつくるために書かれたものではありません。人生を自分なりに見つめ直したときに自分のために書いたもの。書いた人と直接会ったこともなく、温度もわからない私たちが、作品づくりのためにおもしろおかしく使うのは、よくないし、危ないだろうと思いました。そこからプロジェクト参加者の自分史、参加者が生活しているまちの自分史に焦点を当てたプログラムにすることを決めたんです」
プログラム開催に向けて取り組んだのは、春日井市の巨大マップによる、まちの人たちの思い出集めだ。文化フォーラム春日井の広場にマップと付箋紙を置き「あなたのこのまちの中での思い出を付箋に書いて、それが起こった場所に貼ってください」と記した。すると、「ここで結婚式をあげた」「大喧嘩した」などさまざまなエピソードが集まった。
山川さん「自分史センターではみなさんから自分史を集めて本にする『自分史作品募集』を毎年行っています。その年のテーマは『ターニングポイント』でした。それを知った有門さんから、『だったらターニングポイントをマップで集めてみたら』と提案してもらったんです。」
「自分史を使ってどこまで遊べるか」と「人の人生で遊ぶんじゃねえよ」の狭間で
初年度の「演劇×自分史」プロジェクトには10代〜70代まで9名が参加。計8回のワークショップ実施。ワークショップの初期段階で行われたのが、参加者全員が円になって座り、お互いの人生に耳を傾ける「おしゃべり」の時間だ。有門さんは、このプロジェクトにおいては、初対面の緊張を解きほぐすためのアイスブレイクのワークは必要なかったという。
有門さん「人の人生を順番に聞いているだけで、それがアイスブレイクになるんです。他人の人生を一緒に生き直すような感覚になり、自然と共感や愛情がわいてきます。休憩時間になると、こちらが促さなくても参加者同士で『さっきの話、もっと聞かせて』と会話が弾んでいる。これは僕にとっても大きな発見でした。」
ワークショップを経た発表会では演劇作品『この場所、自分史』を上演。はじめての試みにもかかわらず、参加者・観客、職員それぞれから好評で、このプロジェクトの可能性をより実感していく。

2年目は、「旅」というテーマを掲げ、参加者は19名に。参加者が増えると、話を聞く時間が、どうしても長くなる。有門さんはファシリテーターの技術が問われる場でもあったと話す。
有門さん 「誰かが長く話して周囲が飽きてきたなと感じた時、どこで休憩を入れるか、どうやって次の人にパスを出すか。相手の話に深く頷きながらも、全体の温度感を常に観察していました。」
ファシリテーターのワークショップでの即興的なふるまいはもちろん重要だ。しかし、それだけではなく場の安全を担保する仕組みもいるだろう。自分の話を語る場は、ときにセンシティブな内容に及ぶことがあるからだ。このプロジェクトを進めるなかでも、場のルール「みんなの話をみんなで聴く」が生まれていったという。
有門さんはルールも踏まえつつ、『みんなの中で話しやすいものとそうではないものがある』と続ける。
有門さん「話しづらそうだったり、センシティブな気配を感じたりしたときは、別の時間に個別で聞くこともありました。『お話を聞かせてもらっていいですか、話しにくいことはもちろん語らなくて大丈夫です』と伝えて、『いいですよ』と返ってきた場合には一対一あるいは職員さんも入れて二対一で。
そこで話が聞けたあとは、その話を作品に使うことをどう思うか? 本人に必ず確認します。いい場合は取り入れるし、『それはちょっと』と言われたらやめる。それが自分のなかでのルールです。自分史を語ることは、癒しにもなるかもしれないですが、トラウマにふれてしまう危うさもあります。
自分のなかには『自分史を使ってどこまで遊べるか』と考える自分と、『人の人生で遊ぶんじゃねえよ』と思う自分がいます。だからこそ『この記憶はどんな肌触り、温度なんだろう、触れない方がいいのか』は慎重に考えますし、本人とよく話し合います。」
運営側としてプロジェクトを支える立場である山川さんは、ある時期からすべてのワークショップの様子を録画・記録しているという。これは単なるアーカイブではなく、リスク管理でもあるそうだ。
山川さん「大人数が携わる場では、人間関係のトラブルや意見の食い違いが起こる可能性は常にあります。そのとき最終的に責任を負うのは私たちです。大きなトラブルにならないように、あるいは何かあったときに客観的な事実を確認できるようにしています。『あのときのあの発言はどうだったのか』が議論になった際、映像を見返すことで、建設的なやりとりができたこともありました。
また特別な事情がない限り、現場には必ず立ち会います。アーティストと現場を共にするからこそ、アーティストが暴走しそうになったときのブレーキ役になれたり、劇場や財団のミッションと照らし合わせて提案をしたりができると思うんです。」

3年目に掲げたテーマは「恋」だ。1年目、2年目と参加者が増えつつも、これまで参加する層のバランスが偏っていたことを踏まえ、設定した。参加者は16歳から78歳まで幅広い層が集まり、叶わない、切ない思いという意味も含めながら恋にまつわる創作が進んだ。
しかし、2020年2月29日に予定していた公演は、新型コロナウイルスの影響により、中止せざるを得なくなる。
山川さん「公演のわずか2日前でした。すでに衣装もつけ、テクニカルリハーサルも終えて、あとは本番を待つというタイミングで、当時の市長から『例外なくすべて中止』という判断がくだりました。無観客配信も、集まること自体が許されない状況で。あの時の絶望感は、今でも忘れられません。」
当初は1ヶ月後に延期する形をとった。しかし、すぐに状況が落ち着くことはなく1年後に再延期。2021年2月に公演中止を決断する。延期後にはオンラインでの代替案も検討されたが、参加者たちから返ってきたのは、単なる「発表の機会」を求める声ではなかった。
有門さん「『オンラインで何かをしたいわけじゃない。あのライトを浴びて、舞台の上に立つという行為そのものが自分には必要だった』と参加者に言われました。観客の視線や劇場の圧力を感じながら自分の物語を語る。その『場所』が持つ重みを、あらためて参加者から教わったんです。」
最終的には、「公文協シアターアーカイブス」(全国公立文化施設協会が文化庁の委託を受けて開設した、舞台芸術の動画配信ポータルサイト)を活用し、映像作品としてオンラインで配信される。というのも、中止の判断がくだる前、通し稽古をするときの映像を撮影していたのだ。
山川さん「スタッフの間で『多分やばいだろう、せめて記録だけでも撮っておかないと』という話になり、三脚を立ててホームビデオで通し稽古を撮影していました。当時は映像作品にするつもりなど全くありませんでしたが、この時の映像があったからこそ作品として残すことができました。」
「演劇×自分史」は、2年の空白を経て、再始動する。財団から有門さんに伝えられたのは、「もう二度と中止にはしたくない」という切実なものだった。そこで「マスクを着用し、ソーシャルディスタンスを保った状態でも成立する上演」の形を模索することになった。
有門さん「リーディング形式を提案しました。前(客席)を向いて読むだけではおもしろくないので、演劇的な遊びを随所にちりばめることにしました。」
山川さん「テーマに選んだのは『つぶやき』でした。自分史を壮大な一冊の本として捉えるのではなく、SNSの投稿のように、日常の些細な断片を積み重ねていくことも自分史だと捉えてみることにしたんです。」
再始動の第4回では、20代~80代の24人が参加。そのなかには、第1回から複数回に渡って参加していた方のお孫さんも参加していたという。第5回は「若者と未来を見据えること」を主眼におき、最終的には中高生10名、大人6名の合計16名で『もういっかい!』を上演する。参加者のエピソードを元に台本を一つ創作。3チームにわかれ、同じ台本を異なる出演者・演出で発表した。

そして、2024年9月に参加募集を締め切った第6回、定員20名に対して50名もの応募があったそう。
山川さん「全員を受け入れる形で進めたいと有門さんに伝えました。前年度(第5回)もオーディションになってしまったし、自分史の冊子編集では、どうしても選定からもれてしまう人がいて。文章がうまくなくても、その人にとって、その人の人生があるのに、落としてしまう。それがずっと引っかかっていました。」
有門さん「やるのはいいですけど、大変ですよ、と言った記憶があります。参加者にもその大変さを知ってもらうために、まずは公開ワークショップをひらきました。『定員を超える応募があったけれど、絞ることができなかった』と伝えつつ、この人数でやるとどうなるかを体感してもらい、それでも参加するかどうか確認したんです。結果的には、期間限定の劇団『白米』を立ち上げ、その劇団に出演者としてだけではなく、裏方スタッフなどさまざまな形で携わってもらうフレームにしました。」
有門さんと山川さんによるレクチャー「地域の人とつくるオルタナティブな演劇」〜愛知県春日井市「演劇×自分史」プロジェクトのつくり手〜」が世田谷で行われたのは2024年10月。「演劇×自分史」プロジェクトの第6回のワークショップが本格的にはじまる前のタイミングだ。有門さんはこのレクチャーの最後にこう語っていた。
有門さん「これまでわたしや財団が伴走してきたプロジェクトではあるのですが、参加者たちが自分たちだけでも創作できる場所になってもいいはず。そういう可能性も大事にできるように少しずつ積み重ねてきたものを渡していきたい。劇団という形を選んだのは、それがしやすいと思ったからなんです。」
ひとりの職員の演劇事業への想いと、文化フォーラム春日井にあった「自分史」の土壌。そこから有門さんや山川さんをはじめ、これまでの参加者や観客、職員が出会い「自分史×演劇」プロジェクトがはじまり、現在まで続いている。
このレポートが公に掲載されているときには、 劇団形式で進められた第6回の演劇作品『待ち逢いレストラン』の上演のみならず、第7回『東風(コチ)フカバ!』も終えている頃だ。これまで多世代が入り混じりそれぞれの歩みを残してきたこのプロジェクトはこれからどのような形で、個人の暮らしを残していくのだろうか。「演劇×自分史」の土壌から生まれる光景が今からたのしみだ。
執筆:垣花つや子