大阪府箕面市の演劇ワークショップ「家族の景」のつくり手
|地域の人とつくるオルタナティブな演劇
近年、従来の形に捉われない、地域の人とつくるさまざまな演劇実践が全国で展開されている。商業ベースに乗らないこれらの取り組みは、確かな成果を生み出しながらも、その上演の機会の少なさ、再演の不可能性において、人目につきにくい、評価されにくいものだ。
世田谷パブリックシアターでは、舞台芸術活動と地域社会との結びつきから生まれる新たな可能性を、公共劇場として追及してきた。本シリーズは、各地で実践されている「地域の人とつくるオルタナティブな演劇」の取り組みについて、事業に関わったつくり手に話しを聞き、その知恵の在りかを探るものである。
2024年6月12日のゲストは演出家の多田淳之介さん、公益財団法人箕面市メイプル文化財団の森七恵さん。多田さんは、箕面市(大阪府)の演劇ワークショップ「家族の景」の進行・演出を務め、森さんは主催者として、このプロジェクトを支えている。
「家族の景(けい)」は、ワークショップに集った人たちと「家族」について話し合い、語られたエピソードをもとに演劇をつくり、発表会まで行うプロジェクト。中学生から80代まで多世代が参加している。
今回「家族の景」を開催するに至った経緯、多田さん、森さんが活動を通して気づいたことを伺った。当日話されたことの一部を紹介する。
※SPTラボラトリーとは
様々なバックグラウンドを持つ人たちが集まり、演劇ワークショップと社会の関わりについて、互いの関心や課題を持ち寄り、思考、実験、育成し合うことを目的とした、世田谷パブリックシアターの人材育成事業。
目次:
街に対する見方が変わった「箕面の自画像」
多世代が集まるワークショップ「家族の景(けい)」のプロセス
ワークショップの延長上としての「発表会」のあり方
「つくる演劇」と「つながる演劇」
北摂地域に位置し、人口約14万人を数える大阪府箕面市(みのおし)。その文化事業を牽引するメイプル文化財団と演出家の多田淳之介さんの出会いは2020年8月。あたらしい市民参加型プロジェクトの講師として招聘したのである。多田さんは劇団「東京デスロック」を主宰する傍ら、全国の公共ホールで演劇ワークショップや市民参加型プログラムを手掛けてきた。
初めての打ち合わせの際、多田さんは「箕面の良いところはなんですか?」と投げかけたという。メイプル文化財団の職員であり箕面で育った森さんは「何にもないです」と答えた。
多田さん「もう少し話を聞いてみるといろいろ出てきて。箕面にはすごい古い歴史のある滝『箕面大滝』があって観光地でもある。大阪府内で住みやすい街で結構上位になっている。『成功したら余生は箕面で過ごす』みたいな人もいる地域なんですよね」
そもそも同市は2016年に「自分をつくる学校」という市民参加型プロジェクトをはじめている。演技の手法を通じてあたらしい自分と出会い、姿勢や声、歩き方や話し方を学ぶ場だ。俳優・演出家・映画監督で、シニア劇団の指導者としても活動する倉田操さんを中心に運営してきた。この「自分をつくる学校」が育んできた土壌もあっただろう。
多田さんは、2020年時点でのあたらしい市民参加型プロジェクトの構想を次のように語る。
多田さん「箕面に住んでいる人たちが、箕面についてちょっと調べて、絵を描いてみるように劇をつくり、自画像を描くような公演ができないかなと考えました。それが『箕面の自画像』です」
2021年9月から半年間にわたって行われたワークショップでは、参加者たちは稽古場で演技をするだけではなく、実際に劇場の外へと繰り出した。街を歩き、図書館で箕面の歴史を調べ、住んでいるからこそ感じる「良いところ」や「不便なところ」などを言葉にして共有していったのである。
このプロセスは、森さん自身の街に対する見方にも影響を与えていく。
森さん「自分が住む街ってこういう街だったんだな、と自分自身が捉え直すきっかけになりました。今だったら『滝を見に来てください』と自信を持って言えます(笑)」
最終的な公演では、街の全体像から、徐々にそこに住む「個人」へとフォーカスが移っていく演出がなされた。参加者一人ひとりの視点が集まることで、一つの「街の自画像」が浮かび上がったのである。読売新聞には「物語を紡ぐことで他者と触れ合う、演劇の美しさや優しさ、希望が詰まった市民創作劇」と評された。(2022年4月15日(金)読売新聞関西版夕刊)
「箕面の自画像」を経て、始動したのが「家族の景(けい)」だ。このプロジェクトが目指したのは「人と人との関わり」へのさらなる深掘りであった。
2024年1月にはじまったこのプロジェクトには、中学生から80代まで多世代が参加する。ワークショップは、1月〜3月の土日を中心に12回実施。3月16日、17日に成果発表会を行った。
「家族の景」ワークショップ・スケジュール
1・2回目:顔合わせ、自己紹介、コミュニケーションゲーム
3・4回目:シアターゲームでとにかく遊ぶ、家族の話題も少しずつ話す
(例:うちの家族にしかない○○、家族あるある)
5・6回目:「お客さんと一緒に考えたい家族の問題」を持ち寄る、はじめて寸劇づくりに取り組む
7~12回目:3チームに分かれて、本番に向け寸劇をブラッシュアップする期間
13・14回目:発表会
多世代が集まった背景には募集段階での工夫がある。森さんたちは、特定の世代に偏らないよう「中高生」「18歳〜59歳」「60歳以上」と年齢別の定員枠を設けた。これらは、子どもが主役の舞台プロジェクト「みのおキッズシアター」、市民参加演劇「僕の妹サディ」の実践・知見があったからこそできた工夫だった。結果として、かつての事業で縁のあった若者から、これまで演劇に触れてこなかったシニアまで、多様な背景を持つメンバーが集まった。
多田さん「初期の段階は、執拗に遊び続けていました。家族についていろいろ話せる関係づくりが必要でしたし、自然に話し出すまで待つ時間だったと思います。演劇をやったことがない人も多いので、舞台に立つことのおもしろさ、人と関わることのたのしさ、人に頼ることのよさをシアターゲームをしながら体感してもらいましたね」
しばらくして多田さんが参加者に投げかけたのは、いくつかのチームに分かれて「家族の愚痴を出してみる」というワークであった。 森さんは当時を次のように振り返る。
森さん「家族について、無理に喋らなくていいし、隠したいことは言わなくていい。そう念押しして始めましたが、皆さん驚くほど前向きに、すんなりとエピソードを話してくれました」
ワークショップを重ね「うちの親にしかない、人と被らないエピソード」や、逆に「どの家族にもある『あるある』」を共有していくと、個人の悩みを話せるような状況が生まれていった。それらは徐々に「家族とは何か」という普遍的な問いへとつながっていく。結婚制度、血の繋がり、介護、あるいは「家族は大きな共犯者である」といったテーマが参加者の間から浮かび上がってきたのである。
5、6回目のワークショップのとき、多田さんは、テーマをもとに寸劇をつくる提案をする。そこで参加者に伝えたのは3つの創作ルールであった。
・家族の問題に対し、答えを一つにせず複数用意すること。
・それらの答えが相反する(どちらも正しいと思える)ものにすること。
・結末をつくらず、その後どうなるかを観客に考えさせること。
多田さんは、実体験をそのまま演じるのではなく、「フィクション」というクッションを挟むことも重要だと語る。
多田さん 「自分の考えを知ってもらう場ではなく、誰かと考えたいことを作品にして一緒に考えたり『この同じ時代を一緒に生きていきましょうね』みたいになったりするのが演劇活動だと思っています。フィクションのいいところって、参加者も観客も一緒に考えやすくなるところだと思うんです」

「家族の景」ワークショップの様子
森さんは「家族の景」の成果発表会の映像を流しながら、当日の様子を会場と共有。舞台下手には、演出家の多田さんが座る音響・映像操作用のデスクがあった。
多田さんは、客席のすぐそばでDJのように音響を操り、舞台上に投影されるスライドを切り替え、自らマイクを握って作品の趣旨やクリエイションのプロセスを解説する。
森さん「『これって演劇公演なの?』と思うような、まるでワークショップの延長線上に観客が招かれたような雰囲気でした」
多田さん「市民参加劇の上演というより、ワークショップの発表会。ワークショップの過程でみんなで考えてきたことを、まるごと発表したい。会場の中で、ワークショップで起きているようなことがそのまま起きるといいな、と思っていました」
上演は、世代別の参加者による「雑談」と「寸劇」が交互に繰り返される構成をとった。寸劇は各世代が入り混じった3チームに分かれ3部構成。「第一部2024年家族の景」続いて「第二部2044」、そして「第三部2064」と時間は20年ずつ未来へと飛んでいく。
2044年、そして2064年へ。家族の形は、同性カップルの子育てやAIとの共同生活、介護問題など、多層的なテーマをはらみながら進んでいく。舞台上で語られるのは、用意された台本ではなく、プロットに沿ってその場で紡がれる生きた会話だ。
多田さん 「セリフを渡すと、それを間違えないように言うことが最優先のミッションになってしまう。それは演劇としてあまり良くない。プロットだけ決めて、その場での反応やコミュニケーションを大事にすることで、『普通に喋っている人たち』のリアリティが生まれます」
発表会のクライマックスでは、客席のあちこちに散らばった参加者たちが、思い思いに自分自身の家族について語り始めた。舞台背後のスクリーンには、参加者から募った実際の家族写真がスライドショーで映し出される。
森さん「一人ひとりに家族があるんだなということが、スライドと皆さんの話を通じて空間に充満していく感じがして、心にグッとくるものがありました」
発表会終了後、参加者からのアンケートには「相手が何を考えているのか想像したり、興味を持って話すようになった」「今までの自分の選択に自信が持てた」といった声が寄せられた。中には「夫とコミュニケーションをよりとるようになった」「夫がなんとなく優しくなった気がする」といった、家族関係のポジティブな変化を報告する参加者もいたという。
一連のプロジェクトを通して「箕面で演劇に関心がある人たちが明確になってきた実感がある」と森さんは語る。
森さん「あたらしい取り組みを企てるときに、実際に顔が浮かぶようになりました。蓄積されて人数が増えてきた実感もあります。大体今50人ぐらいで、決して多くはないんですけど、貴重なつながりだと思ってます」

「家族の景」本番の様子・雑談パート
「家族の景」本番の様子・寸劇パート
「つくる演劇」と「つながる演劇」
講座の途中、参加者から「地域で演劇ワークショップを開催するとき、どうすれば人が集まるのか」という質問があった。多田さんは、前提となる部分の大切さを説く。
多田さん「前提として『なんのためにやるのか』を深掘りした方がいい。演劇をやる人を増やしたいのか、演劇を通して幸せになる人を増やしたいのか、既に演劇が好きな人に集まってほしいのか、全く知らない人に集まってほしいのか。それによってどこにアクセスするのかも変わってきます。やっぱり自分たちの力だけで人を集めるって、すごく難しいです。その地域にある劇団の活動を調べて連絡をとってみたり、周辺の学校で既に行われているワークショップをリサーチしてみたり、地元にいる演劇に関心がないともだちに話を聞いてみたり。なんのためにやるかをしっかり持った上で、小さなことからやってみるのがいいかもしれません」
なんのためにやるのか。つくり手自身の動機も大事だが、そのプロジェクトが地域においてどんな役割を担えるのかも重要だ。森さんはこれまでの活動を振り返るなかで、地域における演劇の役割を二つの側面から整理している。
森さん「私たちは『つくる演劇』と『つながる演劇』の二つに取り組んできました。『つくる演劇』は、演技や演出、脚本にどっぷり浸かる、いわゆる作品づくりを目指すものです。一方で『つながる演劇』は、演劇の手法を使って自分自身や他者と向き合い、関わりを生むものです」
多田さん「僕自身、演劇をやることで人の気持ちを想像できる、想像しようと思えるようになりました。自分一人ではできないことも、他の人とやると素晴らしいことができると教わりました。演劇と出会って人生が変わった人間の一人です。そういう体験を演劇に出会ったことがない人たちにも届ける仕事をしていきたいと考えています。作品の上演も単発のワークショップも市民参加型のものも、あまり区分けはしていなくて。
つくる演劇とつながる演劇のどちらかが本来の姿というわけではない。どっちもあるのが演劇だし、僕の場合は両方やることでバランスがとれてきたと思います」
「つくる演劇」と「つながる演劇」どちらか一方が優れているというものではない。常に隣り合わせにあり、互いを行き来しながら発展していくものだろう。「つくる演劇」で技術や表現を磨き、「つながる演劇」で人との関わりを再構築する。この両輪が回ることで、地域にあたらしい関係が生まれていくのかもしれない。
執筆:垣花つや子