『ワークショップ論 ― 演劇ワークショップの力』
Vol.6「農村生活改善運動と演劇・ワークショップ」
2010年1月23日(土) 15時45分〜17時45分
片倉 和人
(NPO法人農と人とくらし研究センター代表理事)
《所 感》
ワークショップとは、身体の五感(さらに気持などの六感以上のもの)を使う体験である。PETAなどの演劇ワークショップは、プラグマティズムの影響を受けて戦後に始まった農村生活改善運動と共通する一面がある。このワークショップは総合芸術としての演劇に基づいており、演劇は生活に一番近い形態であると考えられる。それは、世界をトータルに見ようとする姿勢を前提としている。
記録者はこのトータルに見ようという姿勢に興味を感じた。これまでのレクチャーでは、PETAやボアールたちの姿勢として、日常生活から世界を可視化・対象化する理論や試みが紹介されてきたが、農村生活改善運動にもそうした姿勢が見られるのである。こうした見方は、現代の社会とその中における演劇の役割を考える上で、極めて重要な問題であると考えさせられた。
記録:梅原宏司(早稲田大学演劇博物館GCOE特別研究員)
1.ワークショップとはどんなものか?
料理とワークショップは似ていると私は考えている。料理のレシピとワークショップのマニュアルとは似ていて、レシピやマニュアルだけではわからないことが多くある。ワークショップとは、身体の五感(さらに気持などの六感以上のもの)を使う体験である。体験はさまざまな個人的体験であり同一のものではない。これは、同じレシピを使って料理を作っても、個人によって違うものができるということに似ている。
2.ビジョニング・ワークショップ
JICAのプロジェクト「農村生活改善研修強化計画(1996〜2001)」の仕事をしていたとき、PETAの協力を得てビジョニング・ワークショップを経験・実践していた。
(その際の記録ビデオ(1997年)を見る)
村人に将来のビジョンを持ってもらうために、集落点検地図とPETAの手法を使った。
1日目…自己紹介、ライフマップ(自分の一日を地図にする)、村を歩いて良い点や問題点を
探し、地図に落とす。
2日目…集めたデータから問題点=テーマ(川、田、村の道、ココナツ)を決め、解決策を探
し、エクササイズ、ドラトラ(DULA-TULA)、歌作りなどをしながら、ドラマを作る。
3日目…村人を集めてそれを見せ、村人が採点する。そのあと将来ビジョンを絵に描き、
アクションプランを作る。
集落点検地図+演劇的手法を組み合わせたこの事例は、木下勇『ワークショップ』(学芸出版社、2007)に紹介されている。
なぜ、単にプランニング・ワークショップでなく、ビジョニング・ワークショップなのか?
ビジョニング・ワークショップを実施した村では、村人の態度に大きな変化がみられた。例えば、のちに村の女性の一人は、このワークショップで人生のビジョンがもてたと語った。それまでは、金や仕事がないだけでなく、将来のビジョンもなかったのである。外からビジョンを与えることはできないが、ビジョンを持つチャンスを与えることはできる。プロジェクトの目的と、個人の将来のビジョンとが結び付いていない限り、プロジェクトの持続的な効果は期待できない。(ビジョニング・ワークショップを現在、JICA海外研修生に対しての国内研修で実施している)
3.演劇的手法によるウォームアップの実演
(ウォームアップの一例: パフォーマンスの挨拶から、床屋の拍手を紹介)
事前にワークショップについての説明では常にこう言うことにしている。
「ワークショップの3つの要素は、?頭を使うだけでなく、身体全体を使うこと、?一人でなく、共同でやること、?ゼロから形のあるもの・ないものを創り出すということです。ワークショップの主役はここに集まったみなさんで、私はみなさんの一部です。わかったことは個人で納得せずみなでシェアしてください。この場での体験を他の方に話すときは自分の体験として話してください。それから発言したくないとき、身体を動かすことが嫌なときは無理をしなくてかまいません」
野口体操→鏡ゲーム(PETA)→店員と客⇒身体を動かし声を出すと気持ちもほぐれる
似顔絵(他己紹介)→イメージ画
(このウォームアップのプログラムは、農と人とくらし研究センターのHPの中でも紹介している)
ここで、1回限り、2〜3時間のワークショップの一例として、農業経営者家族セミナーのプログラム110分の説明が行われる。
ワークショップのファシリテーターにとっては時間管理しかできないということを痛感している。
4.さまざまな場で演劇ワークショップを活用
まず大学の授業でワークショップ的手法を取り入れた経験を紹介。
?東京農大国際食糧情報学科「日本文化論」「アジア・アフリカの文化」(2000〜2002年)で、PETAの影響を受けて、ワークショップ形式の授業をはじめて試み、受講生に好評だった。しかし、?参加者の異文化体験をベースにした山梨医大「国際関係論」(2000〜2004年)では、不評だった。PETAの手法は人前でものを言うのが苦手な人にはとても効果的だが、そうでない人やそれを必要としない人も存在する。また?大正大「社会実践研究? 地域貢献論」(2003年)の3日間の集中講義では、ビジョニング・ワークショップをほぼ再現することができた。
また、大学以外でも、研修(通常1回限り、時間は2〜3時間)の依頼を受けて演劇的手法を用いたワークショップを行ってきた。テーマは、・酪農経営の経営継承・「家族経営協定」推進・農村男女共同参画推進・障がい者の農業就労などである。
演劇はコンフリクト(葛藤)があれば盛り上がる。演劇ワークショップを用いれば、ふだんは容易に表に出てきにくい家庭内・村内のコンフリクト・抑圧・差別などが議論の俎上にのぼりやすい。
5.農林水産省「生活改善普及事業」の精神
1990〜2000年代に幕を閉じた「生活改善」は、生活改良普及員が、農家の生活の改善を
支援する取り組みだった。
当初の目的は「生活をよりよくすること」(生活技術の改善)と「考える農民を育てること」
(生活改善実行グループ育成)の二本柱である。仕事を進める方法は教育的(技術+人)なも
のであった。
「生活総合実習」は演劇ワークショップ?
普及員の全国研修において、山本松代は研修生同士で模擬家族を作り共同生活をさせた。
この生活総合実習は、一種の演劇ワークショップの試みと言えるのではないか。山本松代
は初代生活改善課長で、戦前にアメリカに留学し家政学を専攻した人である。(片倉和人
「戦後〈生活改善〉の思想の源流を探る―山本松代とプラグマティズム」『農と人とくらし
No.1 山本松代と生活改善普及事業を語る』農と人とくらし研究センター、2009年)。
6.「実験計画」の実験としての演劇ワークショップ
思考の実験としてのワークショップについて考えてみよう。
言葉(記号)の意味の取り方の便法としてのプラグマティズム
鶴見俊輔『アメリカ哲学』によれば、「プラグマティズムは、思想の意味を、(1)その思想の
妥当性を実証するような行動、(2)その思想を適当に使用する行動、これら二種類の行動にうつしかえてしっかりとつかまえる方法を提案した」。
プラグマティズムの核心は、概念についてのパースの定義にあり、今なら「考えとは、それを何らかの実験にかけてみて、真理であることがわかる実験計画である」と訳すという。(鶴見俊輔『たまたまこの世界に生まれて 半世紀後の「アメリカ哲学」講義』編集グループSURE、2007年)
プラグマティズムにとって「思考」とは、頭の中のことだけでなく、もともと行為(の妥当性)が組み込まれている・行為の結果を組み込むという考え方である。
BITAWと生活改善とプラグマティズム
BITAW(PETAの芸術統合的アプローチ)は、演劇を構成するあらゆる要素を用いる手法である。総合芸術としての演劇は、生活者の視線に一番近しい。総合的にものを見るという考え方に立っている。
生活改善運動もこれに似た側面があった。それは「生活をまるくみる」という言葉に表れている。専門分化しすぎた日本の既存の学問に対する山本松代の警告で、トータルなとらえ方が必要であるという考え方に基づいている。
演劇ワークショップを、思考を実際に試してみる「実験」の場ととらえる。現実の生活での行為は1回限りで取り返しはきかないが、実験では失敗と繰り返しが許される。特殊な時間と空間である。
質疑応答
Q1: イメージ画は何の意味があるのか?
ワークショップ手法は一人一人がどのような考えを持っているのか知ることからはじめ
る・イメージを聞くことによって内容が豊かになる・絵を描くという行為は自分自身を知
るという時間であるので、まず参加者自分を知り、次に二人一組となるというように参加
者の輪を広げていく(わたし→あなた→みんなと広げていく)。
Q2: ワークショップではコンフリクトが顕在化するが、それだけを解決するというやり方では
緊張感が高まってしまうが、それはどのようにしているか?
それは非常に難しい問題で、よそからファシリテーターを呼んでくるということが大事で
あること、ふだんと違う役をやってもらうということが大事である。「『相手の気持ちが
わかっていたのにわからないふりをしていた』ことがわかった」という感想がそれをよく
表している。
Q3: 今後どういった活動をしていきたいか?
思考と実践という意味では、今は長野県岡谷市で養蚕に挑戦しようと思っている。演劇
ワークショップは、NPOの活動として続けていきたいが、もっと多くの人に取り組んで
ほしいという思いも強い。若い人に期待している。