講座の内容記録 2010

創造の現場
『世田谷パブリックシアターの演劇ワークショップ』
B:世田谷パブリックシアターの演劇ワークショップ事例紹介
「『地域の物語ワークショップ』『小学生のためのえんげきワークショップ』をふりかえる」
 
2010年11月9日(火) 19時〜21時
すずき こーた
(世田谷パブリックシアターファシリテーター/演劇デザインギルド理事)

《所 感》

地域の人々とどのように関わり、地域にどのように演劇文化を根付かせていくのかということは、「公共」劇場の大きな役割の1つであると考えられる。世田谷パブリックシアターでは、このような役割を果たすために開館当初から継続して地域に密着した市民参加型の演劇ワークショップが行われている。

本レクチャーでは、「地域の物語ワークショップ」と「小学生のためのえんげきワークショップ」の具体的な内容紹介と共に、当時の出来事や思い等の振り返りが行われた。印象的であったのは、実際にこれらのワークショップに参加している人々も本レクチャーに多く出席していたことである。参加者から当時の様子等を聞く機会も設けられたが、そこにはワークショップを通じて生まれた参加者とスタッフ、参加者同士の絆のようなものが見られ、演劇ワークショップの場が地域を考える重要なコミュニティとして機能しているように感じられた。現代社会において、「地域」を考え、捉え直していくことは都市部の重要な課題であると考えられるが、その際に演劇や劇場が果たす役割は小さくないということを実感できたレクチャーであった。
記録:園部友里恵(東京大学大学院教育学研究科修士課程在学)
※本記録は、講座の記録をもとに、講師による加筆を加えて掲載しています
1.「地域の物語ワークショップ」の概要
「地域の物語ワークショップ」(以下、「ワークショップ」を「WS」)は成沢富雄、花崎攝を主たる進行役として始まり、現在は成沢、花崎、すずきこーたを中心に、毎年複数の進行役が関わるWSになっている。このWSは、世田谷パブリックシアターの「劇場は広場である(演劇人だけの特別な場所であるべきではない)」という思い(理念)を背景に、「地域」について考え、WSを通して演劇をつくり発表するという目的で始まった。当時、世田谷区在住演劇団体ネットワーク(劇場開館とともに世田谷に拠点のある演劇人のネットワークを作ろうとした試み)に参加していたが、そのネットワークに、世田谷パブリックシアターの制作担当だった松井憲太郎氏からの呼びかけがあり、興味をもったこともあって、このWS に深く関わるようになった。
2.「地域の物語WS」をふりかえる
次に、各年度の主な実施内容(表)と、実施する中で実際に起こったことや考えていたことをまとめる。
年度 内容
1998
  • 生活工房との合同企画
  • 前期と後期に分けて実施
  • 前期:まちを歩いて写真を撮り、写真展を開催
  • 後期:グループに分かれ、演劇を作ってシアタートラムで発表
  • 「演劇してみる?」のWSタイトルで参加者募集、「演劇してみた」のタイトルで発表会
  • 公開講座を多数実施(参加者以外も関われるように)
1999
  • 写真班(生活工房)と演劇班(劇場)に分かれて実施
  • 聞き書き(聞いたお話を一人称の形で書き起こすこと)
  • ゲスト:伊藤多恵さん、藤本英二さん、松本修さん、飯田鉄さん
  • ドラトラ(詩劇)による演劇づくり
2000
  • 聞き書きやドラトラの発表
  • 世田谷のお囃子のグループを取材して、参加者自ら発表会で披露
  • お店に何度も通う(取材を重ねる)グループ
  • 烏山区民センター前広場で行われる路上演劇祭でも上演
2001
  • この年以降は劇場単独の企画になる
  • テーマ(「本当に戦争のあった頃の世田谷」)を決めて実施
  • プレスタレーション班:多摩美術大学の学生を中心に共に舞台セット製作(舞台と客席を分けないスタイル)
  • 金曜昼間班と子ども班を設置
  • 千歳船橋在住の女性に聞き書き、完成した作品をその女性の家や千歳船橋の地区会館でも発表(金曜昼間班)
2002
  • スタンダード・コース、木曜昼間班、子ども班、サポーターズ(記録をとったり、進行役・劇場のサポートをする)に分けて実施
  • サポーターズが段ボールで舞台セットを製作
  • 発表会をオープンデイとする(劇場にいつでも入ってこられる工夫)
2003
  • 休日班、水曜昼間班、木曜昼間班、金曜夜班、子ども班、ティーンズ班(10代対象)、世話人(サポーターズという名前を使わずに)に分けて実施
  • まち歩き、写真を撮る、ダンボールでまちをつくる、自分のこと等から演劇に
  • 休日班は年明けからに(長期は参加しにくいという考え)
2004
  • 休日コース(聞き書き班、ドラトラ班)、金曜コース(金曜昼間班、フライデーナイトコース)、子どもコース、ティーンズ班に分けて実施
  • フォーラムシアターに挑戦(金曜昼コース)
  • この年から成沢、花崎、すずきの3名の進行役がそれぞれ分担してコースを担当に(休日コースは3人全員で進行する)
2005
  • 休日コース、モーニングコース、フライデーナイトコース、子どもコースに分けて実施
  • 原点に戻り、まち歩きするところからスタートするが、逆にテーマを絞りにくかった
2006
  • テーマ:川、川の案内人谷亀さんゲスト
  • 二子玉川に集合し、川を見ることからスタート
  • 行政からではない川についての視点で演劇をつくる
2007
  • テーマ:居場所
  • 照明、音響を合わせることをやめ、その時間を演劇づくりにあてる
  • 舞台の上に、10cm(H)×6m(D)×7m(W)程の台をつくり、そこを演技スペースとするシンプルな舞台
2008
  • テーマ:カフェ
  • 参加者自らカフェを企画・実施(お笑いカフェ、ナチュラル・アート・ソーイング・カフェ)
  • 「広報支援隊」による進行役のサポート
2009
  • テーマ:世田谷区地域共生の家「岡さんのいえ」
  • 「岡さんの家」運営委員(見まもり隊)が参加者としても参加
  • シアタートラムと「岡さんのいえ」近くの上北沢区民集会所で発表
  • パンチシートのみの舞台
1998年度後期にアシスタントとして地域の物語WSに参加し始め、「ここ(WS)が演劇の世界の中で自分がいて良い場所だ、これを自分はやりたかったのだ」ということに気づいた。また、それまで考えていた「演劇」、多くの場合に使われる「演劇」という概念が狭いものであったことにも気づき、もっと広い意味で「演劇」を捉えるべきだと、以降考えるようになる。

「地域」を考える・見つめるWSであったため、WSでは、実際にまちに出て取材をすることが中心であった。取材は1度ではなく何度か足を運ぶことによって、話し手と心が打ち解け、話してもらえることも増える。2000年度のWSでは取材劇としての「地域の物語WS」の1つの形が出来たと感じた。しかし2002年頃から、インタビューや聞き書き、文章構成などが、その人の力量に依存することになっていると思うようになった。同時に聞き書きには時間がかかり、WSの時間だけでは推敲することが難しいとも感じた。また2003年度くらいから、特に初めて会う人への取材を「ハードルが高い」と感じる参加者が増えたと感じ始めた。2004年度ごろから、世田谷パブリックシアター自体の名前が広く認知・定着されるようになり、演劇をやりたい人やシアタートラムの舞台に立ちたい人の参加が増え、参加者層が変わってきた。劇場が様々な人々に開かれ、出入りできる場になっていると思った一方、他の参加者と共に行うことよりも「自分がやりたいことを楽しむためことだけを目的としている」とも感じた。悪いわけではないが、そのように考える参加者の割合が増えたように感じた。WS時間外でメールのやりとりがきっかけとなり、グループ内での衝突で突然辞めてしまった人もいた。参加者をどこまでケアできるのかを今でも悩んでいる。2009年度「岡さんのいえTOMO」では、WSを通して地域の様々な人々に出会えたのは良かったと思う。

コース分けや実施期間、時間帯については年々議論を重ねることで2005年度に現在の形に落ち着いた。リピータの数が増え、初参加者との間に差が生まれ始めた2000年度に、リピータコースを設けることを参加者に聞いてみたところ、WSを通して多様な人と出会いたいという意見も多く、リピータコースが設置されることはなかった。またWS期間が長くなれば内容も深くなるが、参加できなければ意味はない。長期間に渡るWSに全て参加できる人が少ないことをどう対処するべきか考えている。コース分けが確定した頃から、参加者やスタッフが良い意味でも悪い意味でも慣れ始めたと思う。「『地域の物語WS』はこういうものだ」という共通認識が生まれ、スムーズに進んでいくようになった。しかし本当は「こういうもの」などない筈で、参加者同士、参加者と進行側が戦うことも無くなっていったのも事実である。グループダイナミクスというかWS(集団創作)で起る力が、起りにくくなっているようにも感じている。

12年続けてきて、初期は発表する際の舞台形態にこだわりを持ってきた。例えば2001年度では、プレスタレーション班が作った椅子を好きな所に置いて演劇を観るという形態だった。2002年度では取材した街並みをダンボールで再現してその場所の前で聞き書きを読んだ。このような形態をとったのは、WSでつくった演劇を観に来てくれた方々との距離を、それは取材に応じてくれた方々も含まれるが、近くするためである。そして発表された演劇に対して感想や意見を言いやすい環境を作る、つまり、発表会自体もWSの一環であるという考えからである。しかし後期の発表会の舞台はシンプルなものになっていった。取材したこと、自分たちが考えたこと、感じたことを演劇にするのがこのWSの発表会の本質であるからだ。照明や音響などの効果により作品の見栄えは良くなるが、そのために時間を取られる(つまりキッカケを合わせる時間など)ことは、WSの本質ではない。また、劇場だけでなく取材した人の家(2001年度)や近所の公共施設(2001年度、2009年度など)でも発表するが、それは「地域の物語」の本質を捉えた発表だと言えるであろう。
3.「小学生のためのえんげきワークショップ」をふりかえる
このWSの進行役は、主に花崎、すずきが担当している。子どものためのWSは春・夏・冬と多数実施されたが、レクチャーの時間の関係もあり、夏休みに行なわれたWS のみをふりかえる。1999年度だけは、秋の連休と冬休みのものである。
年度 タイトル 内容
1999① うどんからエンゲキ
  • 粉からうどん作り、その体験をもとに演劇をつくる(たぬきコース、きつねコース)
  • 在日日系ペルー人(池田セサルさん)と一緒にマカレナを踊る
1999② 1000年代最後の冒険
  • この回から「エンゲキ大冒険」という名称
  • 替え歌「伝説のエンゲキ」
  • 稽古場にミラーボールを吊っての発表会
  • 「冒険仲間証」を渡し始める
2000 遊ぶエンゲキ大冒険
  • レインスティック(竹をくりぬき、米や小豆を入れたもの)作り
  • 大きな木のフロッタージュ、「木の中に入る感じ」を体験
2002 GO!GO!エンゲキ大冒険
  • 黒テント・服部良次(吉次)さんによる「かなづちのうた」
  • 仮面作り、音拾い
  • 「mini冒険」も実施(抽選に外れ参加できなかった子どもたちのために)
2003 ぜったいエンゲキ大冒険
  • 同じ内容で2度実施(参加希望者多数の解決策として)
  • ゲスト:BBモフランさん
  • 太鼓、アフリカの話、「ハクナマタタ」
2004 レッツ・エンゲキ大冒険
  • 「mini冒険」の実施(短期間ならば参加できる子どもたちのために)
  • 空き缶を2つ重ね、中に水を入れ音を出し、それをもとに演劇づくり
  • 大冒険ゲスト:チンドン屋・ブービーさん
  • 分身作り(自分の身体に新聞紙を巻いて切り取る)
2005 やっぱりエンゲキ大冒険
  • この年から低学年コースと高学年コースに分けて実施
  • 低学年コース:「がちょうのたんじょうび」新美南吉・作
  • 高学年コース:「童話ガイコ」 大海赫・作
  • 高学年での黒い服を着て、白い紙で骨を作り、ブラックライトを当てて踊った
2006 そうだ!エンゲキ大冒険
  • 高学年コース:『あくたれラルフ』(ジャック・ガントス作・いしいももこ訳)
  • 低学年コース:稽古場に作られた川をもとに演劇づくり
2007 いこー!エンゲキ大冒険
  • 低学年コース:トイレットペーパーの芯で笛作り
  • 高学年コース:音楽家と演劇づくり(ゲスト:コントラバス奏者・大村太一郎さん)
  • 番外(冬休み):在日ペルー人の人々から料理を教わり、話を聞き、その体験をもとに演劇をつくる
2008 ばっちりエンゲキ大冒険
  • 低学年コース:稽古場に大きな門を作り、そこから演劇づくり
  • 高学年コース:アイヌのお話(ゲスト:弓野恵子さん)
2009 わーい!エンゲキ大冒険
  • 低学年コース:ピニャータ(メキシコのくす玉)作り(ゲスト:荒木珠奈さん)
  • 高学年コース:京劇の型や演奏をベースに演劇をつくる(ゲスト:森村知恵さん、ガファさん)
  • mini冒険:一枚の模造紙を切って樹をつくる(ブルーノ・ムナ―リ)
2010 どっきり!エンゲキ大冒険
  • 低学年コース:生物進化研究所の見学
  • 高学年コース:ラップ
  • mini冒険:太鼓の叩き方やリズムを習い、それをベースに演劇づくり(ゲスト:太鼓と芝居のたまっこ座)
  • 抽選はずれてゴメンナサイコース:模造紙でつくる巨大折り紙
エンゲキ大冒険ではモノづくり、場を遊び、またその場でどういう遊びが出来るかを考えながら行う。WS期間中毎日モノが増えていくことも楽しく、場を遊んでいること自体が演劇だと感じている。またゲストの大人と出会うことだけでも、子どもたちにとっては良い体験となっている。

このWSには自分から来たいと言う子、親が申し込んでしまった子、内気な子、サッカーをしている子、ダウン症の子など様々な子どもが参加している。そして集まったメンバーでしかつくれない演劇を毎回つくっている。過去の参加者が中学生になり、手伝いとして劇場を訪れることもある。このように続いていくことがこのWS の醍醐味であり、面白さでもある。
4. まとめ
この二つのWSは、決して近年言われる「コミュニケーション」というもののためだけに行っているのではなく、また演劇を発表することだけを目的にやっているわけでもない。楽しみながら、身体を動かし、時に頭も使い、自分や他者・そこで起っていることを見つめ、発見・学んだことを伝えるために演劇をつくっているのだ。それをWSと言い、そのような場をつくること(演劇デザイン)が公共劇場と進行役の仕事である。