講座の内容記録 2010

創造の現場
『世田谷パブリックシアターの演劇ワークショップ』
A:世田谷パブリックシアターの演劇ワークショップについて
「プログラム概要」
 
2010年11月2日(火) 19時〜21時
中村 麻美
(世田谷パブリックシアター学芸)

《所 感》

世田谷パブリックシアターのワークショップは、劇場をひらくものと劇場の外・学校で行うもの、大きく2つのタイプが実施されている。劇場をひらくワークショップには、子どもはもちろん老若男女問わず参加者が集い、劇場を飛び出して地域に出ていくものもある。学校で行うワークショップは、興味を持ってくれた先生と相談しつつ作りあげている。

いずれのワークショップも、劇場・演劇が地域や地域に暮らす人々と出会える場となっている。地域の公共劇場として世田谷パブリックシアターは、演劇ワークショップを通じて「演劇をする人が演劇を通じて何を伝えられるか」を常に問い返しながら、様々な実践を積み重ねてきた。そこで伝えられるものはワークショップによって様々だが、出会いを繰り返すうちに裾野は確実に広がってきている。講義でも述べられているように、今後の課題としては、1つ1つ、一期一会の出会いをどう深めるかが問われていると感じた。
記録:中村美帆(東京大学大学院人文社会系研究科文化資源学研究専攻博士課程在籍)
世田谷パブリックシアターのワークショップ(以下WS)は、劇場の中と劇場の外、大きく2つに分かれている。
1. 劇場の中、稽古場などを利用して行っているもの
(1)「デイ・イン・ザ・シアター」
劇場開館以来13年ずっと続けているプログラムで、開館記念日の4月5日の他、月1回開催が目標である。稽古場、空いていればシアタートラムを使う。平日の夜2時間で実施し、老若男女が参加している。

演劇の一番シンプルな要素を体験してもらいたいという意図があり、身体を使ってゲームをしたり動物や物になりきったりした後、ショーケースとして簡単な小作品のお芝居を見せ合う。最後に参加者が円になって一言ずつ話す振り返りの時間では、「普段はしない活動をすることで新たな自分を発見した」「普段出会わない赤の他人と作業して楽しかった」等の感想があり、普段出会わない自分や他者に出会う機会になっている。

参加者の演劇のイメージは「自分たちは客席、演じる人は舞台上、その間に距離感があるもの」「台本があってその通りに行う固定的なもの」である。稽古場で台本を使わずに遊びながら演劇を体験することで、「演劇ってどういうもの?」と改めて考えてもらい、演劇の基礎的な要素を体験して持ち帰って、その後の演劇体験を豊かにするきっかけにしてもらいたい。
(2)「地域の物語ワークショップ」
同じく開館以来13年間続けているプログラムで、自分たちの地域に関するテーマについて、演劇を通じて身体と心を使って考える。

昨年度のテーマは「岡さんのいえ」だった。「岡さんのいえ」は、世田谷区上北沢の昭和の古い家で、持ち主の岡ちとせさんが数年前に亡くなった後に、遺族が地域に開かれた地域共生の家として活用できないか考えたのがそもそものきっかけである。

地域の物語ワークショップは1-3月を中心に、休日・金夜・モーニング・子どもとコースに分かれて活動した。コースごとにアプローチも異なっている。
  1. 休日コース:子どもから大人までいろんな人がいる
    岡さんの家周辺の街歩き、岡さんの英語教室の教え子等への取材
    稽古場に持ち帰ってインタビュー素材を再構成する“聞き書き”
    (口調やしぐさを思い出してまとめる。
    録音とは違い、聞き手である参加者の中で解釈・再構成された情報になる)
    年表やマップで情報をまとめて、参加者同士で共有
    参加者の関心に沿って、聞き書きのどの部分を劇にするか、構成を考える
  2. 金夜コース:仕事帰りの人が多い
    ダンサーの方と身体を使った表現に取り組む
    岡さんの家初訪問時は2人1組で目を瞑った1人をもう1人がガイドして、身体を通して感じた
    そこで気になったものを持ち寄り、グループごとにダンス/動きの小作品にする
  3. モーニングコース(木曜朝):主婦・子育て中の方・高齢者・通信制の学生など
    初回では「おかし」を題材に各自が書いた詩をばらして並び替えて再構成
    その後、岡さん家を訪問し、岡さんが残したレシピを実際に料理してみる
    料理の感想を岡さんへの手紙として表現し、料理の体験を演劇にする
  4. 子どもコース(小学校3-6年生):3日間+発表会の短期クラス
    岡さんの話、岡さんが住んでいたころの上北沢の話をいろいろな人から聞く
    それを持ち帰って劇にする
最後に、シアタートラムと上北沢区民会館で、それぞれのコースが成果発表をした。上北沢区民会館では、近所の方が見に来てくれた。岡さんの死後疎遠になっていた近所の方と、現在の活動をしている方が出会うきっかけにもなった。

最終的に発表会という形をとるが、単に舞台に立つ自己満足で設定するわけではない。参加者にとってはもちろん、取材先の人にとっても自分たちの活動を改めて見つめ直す機会になったし、様々な出会いも生まれた。劇場で働く人間にとっても、地域とつながる、地域に開かれる場を作ることを考えるいいきっかけになったWSだった。
(3) 子どものためのワークショップ
アーティストと一緒にメキシコのお祭りで使うくす玉(ピニャータ)を作り、その体験やアーティストが語ったメキシコの話を元に演劇をつくるWSや、世田谷区在住で電動車いす生活の傍らお菓子作りの監修・販売をしているゆうじさんからレシピを聞き出して料理を作り、その体験やゆうじさんの話を元に演劇をつくるWSなどを実施した。

演劇以外に「ピニャータ」「ゆうじさん」など、もう1つキーワードを設定している。最終的なゴールは劇を作ることだが、単に劇を発表することがゴールではない。劇の発表という仮想のゴールに向かってみんなひとまず走っていくけれど、その速さ等を競うわけではなく、みんなで協力して作業するその過程が大事である。ゴール=できたということよりも、一緒に走っていく過程を楽しむ場にしたい。単に演劇をするだけではなく、演劇WSを通じて自分とは違う他者、自分が知らない世界と出会い考えていくきっかけとなる場を作る。

最近子どもの1人遊びが増えている。演劇WSは、1人ではなく、みんなで遊べる場にしたい。1人遊びが好きな子に強要することはしないが、みんなで遊ぶ稽古場の中にはいてほしい。みんなで遊ぶことが得意な子とそうでない子がいる、それを子どもが理解することも大事だと思う。

数日間の限られた関係なので、学校の友達とはまた違う。いろんな学校から集まってくるから最初は緊張している子も多いが、緊張感はマイナスとは限らない。普段の友達がいない場で普段と違う自分を出せるなど、日常と違う人間関係の場にもなっている。

今年の夏のインターンの学生が「劇場が、単に演劇を見る場ではなく、子どもにとって遊びの場になっていることが感じられた」という感想を寄せてくれた。劇場が、まさに遊び=play=演劇する場として機能していた、子どもたちがそう感じてくれたことを、学生は表現してくれたのだと思う。
2. 劇場の外、学校で行っているもの−「世田谷パブリックシアター@スクール」
(1) かなりゴキゲンなワークショップ巡回団
学校に配布したパンフレットを見て連絡をくれた先生と一緒に授業を作っていく。会場は学校の教室やランチルーム、体育館など、できるだけ広い場で活動する。頼まれた学校の生徒全員を対象にするわけではなく、呼んでくれた先生と相談して、基本的には1クラス20-40名単位で活動する。最初は子どもたちへの「はじめまして」からスタートし、身体を使ったゲームをして、徐々にテーマの内容に入っていく。1つのWSにつき学校へ訪問する回数が10回以上に及ぶこともある。

ある事例では、最初は一切口をきいてくれなかった女の子が、彼女が好きな蟻を題材にして身体を使ったグループワークをしているうちに、出入りしつつも作業に加わってくれるようになった。1年後にまた出会ったときには、蟻のセリフを言いながら演じる、蟻の気持ちをとらえられるようになっていた。そういう子どもの一面が見える場、子どもが素直に表現できる場は演劇WSならではだと思う。

別の事例では、宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」を群読した。暗唱しているときは素通りしていた「訴訟」「欲はなく」という言葉について、身体で表現する段階でその意味を考えざるを得なくなった。気付いたことを身体の中に落とし込んでいくのも、演劇WSの持つ力だと思う。

学校という場は、技術・能力の向上、何かができるようになることが期待される。だが技術向上のための演劇WSではなく、演劇をする場で何かに気づいたり考えたりする、その過程を用意できるのが演劇WSの力ではないか。今の日本の学校教育は上から一方的に知識を押し付ける場になっている。それに対してWSの場では相互のやり取りを重視している。講師と子どももだし、子ども同士でも同様だ。そういう場を学校で実現していきたい。

学校の先生からはいろんな依頼が来る。依頼数は増加その後横ばい傾向で、減ってはいない。先生方も外の力を欲しているのではないか。もちろん先生たちのニーズと相談しながらやっていくが、ニーズを超えた先で、子どもたちと演劇を通して何ができるか、演劇をする人が演劇を通じて子どもに何を伝えられるかは日々考えている。

教育=学校というイメージがあるが、そもそも教育は学校だけに任せるものではない。いろんな施設、企業、大人…地域全体が教育というものに関わりうる。教育自体をとらえ直すことも大事で、学校教育に近付くことと、教育に近付くことは違うと思っている。
(2) 先生のためのワークショップ
先生に演劇WSをできるようになってもらうというより、先生に私たちが考えていることを持ち帰って生かしてもらう、ちょっとした視点の転換のきっかけにしてもらう場として実施している。
(3) 演劇部支援
世田谷区の学校の演劇部に行って、その活動を支援する。演劇がやりたい子の集まりなので、演劇作りだけでなく照明等の技術サポートも行う。
3. 今後の課題
学校あるいはアート業界で、コミュニケーションあるいはクリエイティビティという言葉がキーワードになってきている。その2つを考えながら演劇WSをしている。

WSは技術を向上させる場ではない。コミュニケーションも、個人の能力というより、自分以外の他者と関わった時に発生するもので、それが技術という形で語られることには危惧もある。あくまでWSを通じて、コミュニケーションを考える”きっかけづくり”ではないか。きっかけあるいは違和感から、コミュニケーションについて考える場を作るのが演劇WSだと思う。そういう場を私たちが提供した後で、学校の先生や子どもたちがどう考えていくかが重要だ。

クリエイティビティも同様で、能力とは違う。クリエイティビティを語るときに重要視されるべきは、子ども本人よりも周りの大人や先生がどうやって子どものクリエイティビティを見つけられるかだ。見る側の力は重要で、目の前で起こっていることに面白さを見つけられるかが問われる。

学校でのプログラムは8年間続いてきた。最初はいかに子どもたち・学校に受け入れてもらえるかという出会いが重要だった。その努力が実っていろんな出会いに恵まれたが、出会いの数を増やすことだけが目的ではない。出会いをどう深められるかが、私たちの課題だと思う。学校の先生と協働することで、子どもたちにとっていい場づくりとは何か、もっと研究していかなくてはならない。私たちが学校、教育者になることとは違うし、決してそうなってはいけないと思う。

学校も地域の窓口・入口の一つであり、学校以外で地域に向けて開く活動もしている。地域の窓口・入口は、岡さんの家のように、いろんなところにいろんな大きさで存在している。地域へのいろんな窓口を作っていきたいと思う。

世田谷パブリックシアターは開館前も含めたらかなり積極的に演劇WSをやっている劇場になる。そこで得られた経験や知恵を蓄積して、緩やかに広げていきたい。次世代や異なるジャンルの人たちにも引き継いでいけたらと思う。
質問:例えば世田谷パブリックシアター以外の公共劇場でゼロから演劇WSを始めるとしたら何をするか。
まずは一緒に演劇WSの進行を引っ張ってくれる仲間を作る。劇場の仲間かもしれないし、東京から呼ぶのかもしれない。将来的には、その地元でそういう人が出てきて、仲間を作れるといい。同時に自分自身がその地域を知る努力をする。近所のお店に行くこと、それから重要なのは自転車で走り回ることだ。電車でもバスでもなく自転車を使って走ることでわかる位置関係がある。