『プロデューサーの仕事』
Vol.2 「世田谷パブリックシアターのダンスプログラムって?」
2010年8月11日(水) 19時〜21時
三上 さおり
(世田谷パブリックシアター劇場部)
《所 感》
本講座では、世田谷パブリックシアターの2大柱の1つであるダンス公演について、前半は写真や映像資料を交えながらの紹介、後半はグループディスカッションが行われた。ダンス公演を観る人口は演劇のそれと相対的に少なく、本講座の受講生も観たことがない者がほとんどであり、ダンス公演に対し、怖い、わからない、といったイメージを抱いていた。このような漠然とした「わからない」というイメージが、ダンス公演の集客に影響を及ぼしている原因の1つではないかと考えられる。
本講座の最大の意義は、今までダンス公演を観たことがない人たちが、ダンス公演の抱える課題を具体的に考えられたことではないだろうか。丁寧な解説と豊富なヴィジュアル資料によりダンス公演のイメージを膨らませながら、観客としての思いを劇場に伝えていく素晴らしい機会となった。また、劇場にとっても、ダンスを観ない人たちの議論の場を持つことは重要であろう。本講座をきっかけにダンス公演に足を運ぶようになる人もいるはずである。
記録:園部友里恵(東京大学大学院教育学研究科修士課程在学)
1. 世田谷パブリックシアターとダンス公演
世田谷パブリックシアターは、現代演劇とコンテンポラリーダンスに特化した劇場としてオープンし、ダンス公演は2大柱のひとつとなっている。例えば、1997年の劇場オープニング公演では、勅使河原三郎氏によるダンス公演『Q』が上演されたが、これは世田谷パブリックシアター開場のために作られた作品である。世田谷パブリックシアターとダンスは深い縁があり、ダンスを上演するのに適した劇場の一つであると言えよう。
世田谷パブリックシアターでは、年間10本、多い年で17、8本のダンス公演が行われている。この数には、貸館で上演しているものが入っていないが、一般的な印象として「ダンスをたくさんやっている劇場」といえるのではないかと思う。
世田谷パブリックシアターでは、劇場側が創作、または招聘する「主催公演」、劇場側から、「こういったことをここでやってみませんか」と提案をしながら進めていったり、カンパニーだけでは実現が難しかった公演を劇場のノウハウや道具等を提供し、協力して作品に取り組んだり、才能あるアーティストのカンパニー公演を後押しする「提携公演」、会場をカンパニーに有償で貸し出す「貸館公演」という、主に3つのカテゴリーに分けて公演が行われている。しかし、観客にとっては、全て同じく世田谷パブリックシアターで行われる公演であることには間違いなく、カテゴリーに関係なくここで公演される作品にはプログラマーとしての責任がかかってくる。
また、ダンス公演のプログラムを組むにあたり、次の4つの柱を立てている。
- 安定した作品を作ることのできるカンパニーの作品上演
- 海外の優れた作品、海外で活躍するカンパニーの招聘公演
- 若手の公演
- 共同製作(国際共同製作、国内共同製作)
③若手の公演は、現在力を入れて取り組んでいることの1つである。例えば、トヨタ自動車の協賛で若手の振付家を発掘する「トヨタコレオグラフィーアワード」を開催している。この事業を通じて、地方で活動していたダンサーが全国規模で活躍できるようになる等、足掛かり的な役割を果たしてきた。このアワードも今年で10年目の節目を迎え、次のステップに向かって、これまでの成果をふまえ、時代に対応した支援の在り方等、新しい展開を検討中である。
④共同製作では、国際共同製作として、フランスの振付家、ジョセフ・ナジと『遊*ASOBU』(2006年)という作品に取り組んだ。この作品は、アヴィニョンフェスティバルのオープニング作品としても上演される大きなプロジェクトであった。また、国内共同製作については、劇場のミッションからしても、本来最も力を入れるべき事業であるが、実はこれまで世田谷パブリックシアターではあまり行われていない。演劇の共同製作と異なり、ダンスの作品を新しいメンバーを募って創ることは、演劇以上に時間や手間がかかる作業と言えるのではないだろうか。というのも、ダンスは怪我を伴う創作活動であり、皆が集まって作業する時間を充分に確保し、信頼関係を作っていくことが重要だからである。機会を見て、ぜひ取り組みたい事業の一つにあげられる。
2. 今年度のプログラムについて
今年度は9本(主催1、提携8)のダンス公演を上演する。その1つが、10月に招聘するベルギーのカンパニー「ピーピング・トム」の『ヴァンデンブランデン通り32番地』である。「ピーピング・トム」は、2009年2月に『Le Sous Sol/土の下』で初来日を果たし、世田谷パブリックシアター他全国4カ所でツアーを行い、日本のダンス、舞台関係者に衝撃を与えたが、この作品の成功が、今年の招聘のきっかけにもなっている。前作『Le Sous Sol/土の下』は、舞台上に土を敷き詰め、その上で踊るというものであった。土の上でダンスを踊ることは決して珍しいことではないが、この作品が日本で評価された理由は、それにとどまらない様々な要素が詰まっていたからである。本作のユニークな仕掛けが、世田谷パブリックシアターで上演を決定する大きなポイントとなった。その要素の1つに、地域の人々の出演が挙げられる。この作品に登場するエキストラの老人たちは、上演される地域に住む人の中から選ばれるが、それによってそれぞれの劇場オリジナルな作品として不思議な臨場感漂う舞台が出現した。招聘公演とは、カンパニーの作品を上演するのみとどまりがちだが、このような要素が入ることにより、より有意義なツアーにすることができた。今回招聘する新作公演でも、これまでにない驚きに満ちた公演にとなるよう、準備を進めている。
3. ダンス人口を増やすには
ダンスを観に来る人口は、多くて4,000人、一般的には2,000人来れば成功と言われている。ダンス公演は、演劇公演に比べてずいぶん少ない人たちに向けて発信されるメディアであり、非常に小さなマーケットだと言えよう。しかし、だからといって、少ない人を対象にしていれば良いというわけではなく、観客を増やす努力が必要である。世田谷パブリックシアターで実際に取り組んでいる例に、次の2つがある。
①独舞シリーズ…ソロ作品の上演
このシリーズでは、様々な振付家に依頼してソロ作品を発表してきた。ソロダンサーとして活躍する人だけでなく、ソロをやる機会が少ない振付家にも上演を依頼し、前回で20名の振付家と作品想像に取り組んできた。普段ソロでは出ない人がソロを踊ることに価値があるのではなく、ソロ公演に取り組むことが次回のカンパニー公演に活かされること、振付家として新しい発見の機会となり、やってみてよかったと感じてもらえるシリーズになっていたら、と思う。ソロダンスと言っても、「あなたの考えるソロダンスとは何か」という幅の広いテーマのもとに、それぞれが考えるソロ作品を追及してきた。バックダンサーが登場したり等、一見ソロとは言い難いものも登場したが、「たくさん出てきたけど、これは正しくソロだった」と観客の反応もおもしろく、担当者として嬉しく思っている。また、出演してきた人たちにも「やってよかった」(大変だったけど)と感じてもらうことができ、意義深い事業となっている。独舞シリーズは、振付家の意識を育てると同時に、観客の興味を喚起し、集客に貢献している。
②異なるジャンルとのコラボレーション…『JUNRAY DANCE CHANG アオイロ劇場』(ダンスと音楽)
本公演は、「ASA-CHANG&巡礼」というミュージシャンのユニットの音楽にあわせてダンサーが踊るという公演で2009年に上演された。多様なジャンルのダンサーが集まっていたが、イベント的にならないように演出上の工夫を重ねて作った作品であり、音楽好きの観客がダンスに、ダンスの観客が音楽に興味を持ってもらえるようにと考えられた。結果、それぞれのジャンルの観客が合わさって、集客全体をアップさせた。こうした作品を模索することが観客の層を広げることに貢献している。
【グループディスカッションから出されたアイデア】
- キャッチーな何かがないと、観慣れてない人でもおもしろいと思いにくい。
- 好きなバンドのPVの振付をきっかけにダンス公演を観に行く機会が生まれた。
- 知っているストーリーだったら入りやすい。
- アーティストによる市民ワークショップを企画する。
- 公演情報をダンスの情報誌やメディアに載せるだけでなく、ファッション誌などの文化ページに載せる。
- ひとつひとつの公演に対してキャッチーなコピーをつける。
- 観たことがない人でも、1回観てみれば興味が広がるような、プレの公演をやる。
- 親子向けの企画をする。
- 違うジャンルのものとコラボする。
- 演劇のお客さんをダンスに引っ張り込むために、演劇の役者にダンスをしてもらう。
- 家族や友人、地域の人等、知っている人が出演していれば観に来る。
劇場とカンパニーが協力してこのようなアイデアに取り組むことが大切だと思っている。また、観客にも、気軽に公演に足を運んでもらえるようなが色々とあれば良いと思う。最初から、わからない、つまらないと思って来ている人もいるが、そういう人たちに対し、どういう努力をしていけばいいのか、頭でっかちに考えなくてもよいという仕掛けは何か、と考えている。現在カンパニーとともにさまざまな仕掛けを考えているが、なかなかそれが数字に結びついていかず、メインストリームになっていっていない。
本講座も、ダンス公演を観たことがない、知らない人がほとんどであった。今日のビデオをみて10月のピーピング・トムや、国内アーティストの公演を見たいと思ってもらえたら良い。また、せっかく来日する海外のカンパニーの公演を、特にダンサーには観てほしいと思っているが、なぜかダンサー関心度が思いの他低い。このような、日本のアーティストは他者の創作に興味がなさすぎるのではないかと残念に思っている。世田谷パブリックシアターでは、アーティスト割引や若い人に対する割引制度なども試しているが、利用者はあまり増えていない。他者の作品に興味を持っているアーティストが増えてくれば、ダンス界も活性化し、面白いものが生まれてくるのではないか。それぞれに忙しいアーティストではあるが、他のアーティストの創作現場や、自分たちの活動の拠点である劇場にもっと興味を示してくれれば、と個人的には思っている。
質疑応答
Q1: 日本では、ヒップホップやバレエは、ダンス公演を観に来る4,000人の外にいるというお話があったが、それはなぜか。また海外ではどうか。
A1: 海外では80年代からの動きとして、ヒップホップが積極的にコンテンポラリーダンスの中に取り入れられ、ヒップホップ的な作品が国立劇場で紹介されたり等、ヒップホップとコンテンポラリーダンスが交差している。また、ヨーロッパでは、アートが教育の中に積極的に入り込んでおり、学校でコンテンポラリーダンスを観たり、体育の授業でコンテンポラリーダンスやヒップホップをやるところも多い。というのも、貧しい地域や、人種が交差する地域で受け入れられやすいのが、彼らにとって身近なヒップホップやストリートダンスだと言えよう。コミュニケーション手段の1つが、これらダンスになっているところがある。そういう意味で海外ではヒップホップやストリートダンスの要素が積極的に作品に入り込んでいる。日本ではそれが始まったばかりである。これからそのような交流が生まれ、ヒップホップがコンテンポラリーダンスのひとつの方向性になったら良いと思う。
バレエの場合は、今変わってきていると言われているが、かつてよく耳にしたのが、先生が厳しく、他の公演を観に行くことが良しとしないと言ったように、日本のバレエ界はまだまだ閉鎖的な印象が強い。海外で活躍してきた熊川哲也氏や金森穣氏が帰国し、日本でカンパニーを作り活動したりして、こうした状況も変わりつつある。
このように、ヒップホップもバレエも、ようやく開かれてきたところにあるが、コンテンポラリーダンスとの垣根を取り去るまでにはまだ時間が必要であり、引き続き努力が必要であると思っている。
Q2: 三上さんの考える「世田谷パブリックシアターのダンス公演のイメージ」とはどういうものか。
A2: ここに来たら面白いものがみられる、というような作品のラインナップにしていきたい。バラエティに富んだプログラムになるように、いろんな人と意見交換をしながら決めている。どこでもやっている作品をここでやってもしかたないと思っている。例えば、他の劇場での見る機会の多いコンドルズの公演を、「子どもの劇場」という新しい切り口で作品に取り組むことが世田谷らしいプログラムだと思う。ただ世田谷でしか作れない作品を作ってほしいというオーダーをしているわけではなく、ここだから生まれることのできた作品だね、という創作を目指したい。
Q3: 前回の講座で、演出家や出演者のオファーは、演劇の場合は何年も前に決まっているという話があったが、ダンス公演の場合はどうか。
A3: ダンスのプログラムはおそらく劇場の中で最も遅いのではないだろうか。ダンスカンパニーの多くは制作体制などがまだまだ弱小で、今やっている作品のことで頭がいっぱいというところがあり、3年先くらいまでのスケジュールはぼんやりとはあるものの、あまり先の日程を具体的に考える余裕がない。演劇の場合、出演者のブッキングが非常に速く、公演日数も長く、かかわる人数や、かかる経費が大きいため、構想段階から非常に速い。というか、早くないと成立し得ない事業でもある。ダンス公演は上演日数が2、3日間からといった短い期間で行われるので、大型の公演を差し置いて優先的に日程を抑えにくい。短いダンス公演がポコポコと入っていると、長期の公演を組みづらくなってしまうからだ。したがって、演劇の公演の大きな枠組みが決まった後で、ダンスのスケジュールを入れていくというケースが多くなっている。