『プロデューサーの仕事』
Vol.1 「国内演劇作品のプロデュース」
2010年8月3日(水) 19時〜21時
根本 晴美
(世田谷パブリックシアター劇場部)
《所 感》
劇場で上演されている演劇はどのように創られているのか。そして、その過程でプロデューサーは、いかなることに注意を払い、どのような仕事をしているのか。2010年7月に世田谷パブリックシアターで上演された『醜男』を例に挙げながら、プロデューサーや、プロデューサーをとりまく様々な劇場人たちの仕事内容や苦労話をお話しいただけたことで、普段は客席から見ているだけの受講生たちも舞台裏を垣間見ることができたのではないだろうか。そして、プロデューサーの実像を多少ながら捉えることができたのではなかろうか。
受講者は、既に演劇プロデュースを行っている人、プロデューサーの仕事に興味のある学生、演劇好きで、普段観ている公演のメイキングストーリーを聞きたいと思っている人などであった。現場からの声を聴けたことで、今後、演劇を観る際には創り手の視点でも考えるようになるのではないだろうか。
記録:有賀沙織(東京大学大学院文化資源学研究室修士課程修了/KASSAY有限責任事業組合代表)
1. プロデューサーと制作
つい最近までプロデューサーという職種は確立されていなかった。劇団などの演劇集団が創り手であった時代は、集団の主宰者やそれ相当の人々が、劇作家、演出家、主演俳優、企画立案者を兼ねていたからである。そういう人々は経済的にも恵まれ、才能ある、或る種カリスマ的魅力に溢れた演劇人の場合が多かった。
しかし徐々に、新たに演劇公演を主宰する団体に、制作プロダクションや劇場が加わり大型の公演が増えてくると、プロデューサーは組織上必要な存在となってくる。明らかに「制作」とは異なる職種としての「プロデューサー」である。「制作」とは、公演実現のため、連絡業務やスケジュール調整等の事務処理を行う。制作は、情報を正確に把握し、必要な箇所に、適切な時期にそれらを伝えることが大切な業務である。そのためスケジュールや仕事の流れの先を読んで行動しなければならない。
今日の演劇興行において、プロデューサーはプロデューサーとしての仕事を、制作者は制作者としての仕事を認識した上で取り組む必要性が出てきている。いずれの職種もプロとして各々取り組まなければ、全体としてよい仕事はできない。現在は制作スタッフ養成の必要性も叫ばれている。
2. プロデューサーの仕事
プロデューサーは具体的にどのような仕事を行っているのだろうか。おおまかに示すならば、次のようになる。
- 企画立案:どのような本でどのような作品を上演するかを決定
- キャスティング決定:どの役にどの俳優がよいかを考え決定し、依頼
- スタッフの決定:演出、美術、照明、音響等のプランナーを決定し、依頼
- 予算を作成:収入と支出を予測し、予算を立てる
- 管理:公演に関わるすべての人たち(スタッフ/出演者)の状況把握、健康管理
- 集客:券売のための努力をする。広報宣伝計画の立案。
これらの仕事のどれが欠けても、うまくいったと言うことはできない。
3. 『醜男(ぶおとこ)』(2010年7月世田谷パブリックシアターにて上演)
を通してのプロデューサーの仕事
今年7月に上演した『醜男(ぶおとこ)』という公演を題材に、プロデューサーの仕事の中身を説明したい。はじめに、作品の選択があった。『醜男』はドイツのシャウビューネ劇場の座付き作家マリウス・フォン・マイエンブルクの作で、ドイツ国外でも上演歴があり、評価を得ている作品である。ト書きが全く無く、演出家へ挑戦するような本であった。ストーリーは、主人公のレッテが電子プラグを発明しプレゼンテーションしようとするが、上司から「君は見るに耐えないほど醜いから発表するのはやめろ」と言われ困惑するところから始まる。レッテは整形手術を受け、見事、成功して美男に生まれ変わる。しかし、しだいにレッテの美しい顔は流行し、レッテと同じ顔の男性が増えてしまう。レッテは自分が何者であるかを悩むようになる。
作品を選ぶさいに、まず今日の社会問題を捉え、それに応えるような内容が盛り込まれているか、という基準が一つある。『醜男』は、現代社会におけるアイデンティティ欠如の問題を提示している作品だった。上演作品は、プロデューサーの個人的な趣味で選んでいるわけではまったくない。
次に行ったことはキャスティングである。脚本を読み、それぞれの役に適した俳優がいるかを考えるが、この段階はまさにブレイン・ストーミングである。プロデューサーを目指すのであれば、キャストについて思い巡らせることはよいトレーニングになるが、そうしてイメージした俳優が、必ずしも仕事を受けてくれるかと言うとそうではない。
加えてキャスティングにおいては、作品を形にすることのみならず、集客を見込む必要もある。上手い俳優を揃えるだけではいけない。舞台経験はあまりないが、映像での露出度が高く集客を見込める出演者をバランスよく揃えることも重要である。キャスティングは時として砂浜からダイヤを探しだすような絶望感にかられる時もあるほど容易な作業ではない。状況に応じて、頭を切り替えていく必要もあるだろう。これらのことから考えると、プロデューサーに必要な資質は決断力と柔軟性と粘り強さだと言える。
スタッフ・出演者が決定し、制作者によってスケジュール調整がなされて、いざ稽古が始まると、プロデューサーは、スタッフ・出演者等、関係者の心身の健康への気配りも必要である。加えて同時並行的に宣伝、広報等を行い、一席でも多く席をうめる努力をしなければならない。集客もプロデューサーの重要な仕事である。
4. プロデューサーのためのワークショップ
※講座の後半で、例として挙げた『醜男』のDVDを15分観て、受講者達はそれぞれ、自分の考えるキャスティングを出し合った。注意点としては、個人的趣味で挙げてはいけない。この役に何故そのキャスティングか根拠があり、その目的に適う人選をするということであった。
質疑応答
Q1: 総予算から出演費にかける割合は?
A1: まず、総予算から舞台費や宣伝費など、舞台を創るための金額を予測し、そのあとに出演費にいくらかけられるかを出す。出演費の総額が出たところで、だいたいどのような公演になるかの予測ができてくる。
Q2: 根本さんの考える世田谷パブリックシアター的プロデュースとは?
A2: プロデュースの目指すところの一つには、日本で上演できる演劇のレパートリーとなりえるものを創造するというものがある。東京のみならず、他の劇場においても上演可能な作品を創っている。また、リーディングから本公演へと発展させたり、ワークショップを重ねて小説を戯曲にするなど、時間をかけて作品を育てあげるという特徴もある。
Q3: 宣伝効果はどの程度あるのか?
A3: かつては、紙媒体での宣伝は非常に有効であったが、最近はブログやツイッターが効果的である。しかし、チラシは、現在も宣伝材料として機能している。特に新作の場合は、作品の内容に関するイメージを喚起するためにもチラシは必要である。