講座の内容記録 2010

地域における劇場
『日本の公共劇場を考える』
Vol.4 「文化政策の現状と将来―劇場を中心として」
 
2010年6月16日(水) 19時〜21時
門岡 裕一
(文化庁文化部芸術文化課文化活動振興室長)

《所 感》

「客観的なデータに基づいて今の状況を確認することから議論を始めてほしい」。その言葉と共に、封筒にずっしり詰まった資料が配布されて講義が始まった。日本の文化政策の現状と今後の方向性について国レベルの議論がどのように進められているか、情報量にもかかわらず丁寧な説明がなされた。

門岡さんは文化庁に来る前は基礎研究助成の仕事を担当されていたという。人材育成や効果の測りにくさなど、研究支援と芸術支援の問題意識は重なるところも多い。芸術支援以外の分野にも通じている門岡さんの視点は、従来の文化政策の型に留まらない将来を見据えているように感じた。

本講座で紹介された文化政策部会の審議経過報告のパブリックコメントは、より広く意見募集をするために2週間期間が延長された。事業仕分けで寄せられた15万通のメールのように、例え短くとも1人1人が意見を表明することが、日本の文化政策の将来につながるのではないだろうか。
記録:中村美帆(東京大学大学院人文社会系研究科文化資源学研究専攻博士課程)
はじめに
2010年2月に文部科学大臣から文化審議会文化政策部会に「文化芸術の振興のための基本的施策の在り方」について諮問がなされて議論が進み、6月に審議経過報告が出された。7月23日まで審議経過報告に関する意見募集(パブリックコメント)が実施されている。今日の内容はそこから劇場関係の部分を中心に紹介したい。

現場の目線からみると文化審議会の内容は歯がゆいことも多いだろう。今日は現場とは違う行政の立場として、若干の私見も交えつつ、文化庁という行政組織の中で役所の人間として話せることを話したい。

今日配布する基本的な資料は文化庁のホームページでも公開されている。データに基づいて客観的に今の状況を確認して議論してほしい。
■資料:文化芸術振興基本法
日本の文化芸術の振興について全体的にまとめた拠り所となる法律はこれがおそらく初めてであり、当時の与野党が一致団結して超党派で議員立法(議員提出の法律、通常は内閣が提出する場合が多い)として成立した。

内容としては目的、基本理念、基本的な方針、基本的な施策が述べられている。議員立法で陥りやすい問題だが、いろんな意見を全部盛り込んで全てに「充実・拡充」となりがちで、ここで述べられたことがすべて実現されるわけではない。それでも根拠法がなかった以前よりは状況は改善されている。文化庁は付帯決議まで含めてこの法律を尊重して施策を進めなければならない。
■資料:文化芸術の振興に関する基本的な方針(第2次基本方針)
文化芸術振興基本法7条に定められた基本方針で、閣議決定を経ているので拘束力もあり、予算がつきやすい。法の実施にあたりどういう観点が必要か付け加えている。

内容については第1次基本方針の焼き直しという面は否めない。ただ文化芸術振興基本法の立法から5年経つと状況も変わり、総花的だった内容が人材育成に特化する方向に変化している。欠けているのはハコモノではなく、そこでいろいろな企画をするアートマネジメントの人材である。かつ個人のキャリア・経験で職に就くのではなく、社会的な職業として認知されていくことが重要になる。優秀な人材がいても社会的な職業としての認知が低いために住宅ローンを組めない、子どもを養えない、そのためにやめていくケースは、以前担当していた研究助成の分野でも後を絶たなかった。
■資料:諮問文
第3次基本方針に向けて、2010年2月に文部科学大臣から文化審議会文化政策部会に「文化芸術の振興のための基本的施策の在り方」について諮問された文面である。通常ならばもう1年先に議論開始だったが、社会状況もかんがみて川端文部科学大臣が前倒して諮問した。現在行われているパブリックコメントを経て、来年1月には最終的な答申がまとめられるだろう。1枚目が諮問文、2枚目以下が理由で、大臣の考えが文章にまとめられている。

<現政権と文化予算について>
現民主党政権は大臣・副大臣の意向を確認しつつ進めるため、政治家がとても勉強している。きっと将来の発言に生きてくるだろう。新政権発足当初は少なくとも3割予算削減というところから始まったが、勉強の結果、いきなり減らせないこともわかってもらった。事業仕分けでは厳しい対応がなされたが、そこで国民の意見を聞くことができ、15万通近いメールが届いた。現政権も文化予算削減は得策ではないと判断し、本当に直前になって「優れた劇場・音楽堂からの創造発信事業」16億円、「地域の伝統文化の確かな継承と活性化」16億円、合計32億円の増額が決まった。最終的には平成22年度文化予算は1千15億から1千20億、5億円増えており、その3分の2が文化財関係、3分の1がソフト関係になっている。前向きに考えれば事業仕分けは見直しのきっかけになった。

財務省の単年度決算の原則はくずせないが、インセンティブを与えるようなメカニズムで助成したい。法改正ではなく解釈の領域でできる部分については、我々がアイディアを出し財務省が認めてくれれば改善できる。マッチンググラント、民間資金、協働の場、文化芸術拠点の充実など、新たな手法の導入も考えたい。
■資料:審議経過報告(全文)
■資料:別添 各ワーキンググループにおける意見のまとめ
審議会委員は、関係者だけでなく民間企業の人も入れる、女性比率は2-3割を目安にするなど、バランスを考えて選んでいる。現場から3,4倍の候補者名を出し、それが絞り込まれて大臣決済で決定される。総務省規定で定員は30名まで、世代交代を促すために70歳以上は選ばないことになっている。

基本理念は宮田亮平文化政策部会長(東京藝術大学長)の書き下ろしである。こういう時代だから、文化について戦略的に国家で取り組んでもらいたいという強い意思表示になっている。

重点施策で掲げられた6つの重点戦略は以下の通りである。
  1. 文化芸術活動に対する支援の在り方の抜本的見直し
  2. 文化芸術を創造し、支える人材の充実
  3. 子どもや若者を対象とした文化芸術振興策の充実
  4. 文化芸術の次世代への確実な継承
  5. 文化芸術の観光振興、地域振興等への活用
  6. 文化発信・国際文化交流の充実
「(1)文化芸術活動に対する支援の在り方の抜本的見直し」で「日本版アーツカウンシル」とわざわざ書いているのは、イギリスのものをそのまま持ち込んでもうまくいかないだろうという判断からだ。英国ではアーツカウンシルでの助成金配分に関わることが芸術家のキャリアとして認められるが、日本にはその発想はない。また「法的基盤の整備」も言及しているが、劇場法については実際に関わる人がどういう法律を望んでいるかが意外と見えない。また劇場法の対象は公立施設のみか民間を含むのかという議論もあるが、従来の法律では設置者で対象を区別するものは少なく、公立の劇場だけに適応する法律は作れないというのが法制局の見解と考えられる。

「(2)文化芸術を創造し、支える人材の充実」は主に若手を念頭においている。人材育成に加えて、その働く場をどう増やすかが課題だ。

「(3)子どもや若者を対象とした文化芸術振興策の充実」では、幼い子どもから若者まで包括的に「コミュニケーション能力を育むため」という鈴木副大臣の強い意向が反映された。事業仕分けにより初中局の予算としては削減されたが、文化芸術の予算として復活している。本来なら初中局の予算でちゃんとやるべきだろう。

「(6)文化発信・国際文化交流の充実」はフェスティバルに関係するが、国際交流基金は国内から手を引くように事業仕分けで言われてしまい、フェスティバル関係の予算は圧倒的な削減状況にある。

今後の検討課題としては、第2次基本方針の実施状況のきちんとした評価を行うこと、各施策について工程、スケジュール、進捗のスピードを明らかにすることがある。

以前の案では「国・地方・劇場等の役割分担を明確にすべき」という項目があったが、公開された審議経過報告からは抜け落ちてしまった。利害調整の議論に終始し、日本の文化政策が今後どちらに向くべきかという議論ができない、基本スタンスが確立していない現状だ。あるいはそういう基本スタンスを考える余裕がなく、お金を増やしていくことに腐心していたのがこれまでの日本の文化政策だったのかもしれない。15年前の日本の文化予算は今の半額であり、予算増額に結びつくなら何でもありという風潮があった。しかし今後はトータルとして日本の文化政策の議論をしていかないと、非常に危ういものになる。事業仕分けにおいても、なぜ国がお金をだすのか、短い言葉で説明できる国の文化に対する理念・信念がないので、議論が曖昧になってしまった。諮問文には基本スタンスの必要性がうたわれており、来年に出される審議会の答申の最終版では、ぜひそういう要素も盛り込んでほしいと思う。
■資料:平成22年度新規事業「優れた劇場・音楽堂からの創造発信事業」(16億円)
事業仕分けで廃止された拠点形成事業に代わるものとして、現在書類審査中である。拠点形成事業においては、事業の中身は確認したが地域性は見なかった結果、25都道府県には拠点があるが、残り22にはないという結果になってしまった。

新規で始まる「優れた劇場・音楽堂からの創造発信事業」は地域において、いろんな関係者が関わってみんなで一緒に作り上げる事業を考えてもらうために始めた。事業の幅もフェスティバルから教育普及まで広くとらえているし、5年先まで想定しているので、アイディアさえよければどこでも勝負できるだろう。コーディネートできる人材が育っていけば、地方でもいろいろできるのではないか。また国の支援は従来の3分の1赤字支援(残りを自己負担と入場料収入でまかなう想定だが、地方では3分の1自己負担は事実上不可能だった)ではなく、国の支援は2分の1まで、そして実際には入場料収入が増えても、増えた収入をパッケージプログラムのさらなる充実等その事業の内部で使ってもらえるなら、国からの支援額を減らさずに当初の予算どおり支給することになっている。

残念だったのはスキーム作りに時間がかかったために募集が新年度に入ってしまい、公立文化施設の現場の方に迷惑をかけてしまったことだ。また当初は地方公共団体に責任を持って劇場の運営にあたってほしいという理想があり、都道府県ごとに束ねてもらい審査を考えていたが、現場感覚を重視して都道府県を介さずに文化庁が直接評価するかたちになった。背景には県と政令指定都市の関係もある。

文化政策部会の答申を踏まえつつ、この事業も改善していきたいし、増額したい。世田谷や兵庫のようにレベルの高い活動を展開している館を支え、そういう館を増やしていけるメニューにしたい。

今後は特化して活動する劇場を支援していきたいと考えている。これまで国の制度はどうしても「何でもやれます」というところを求めていた。そうではなく、「優れたものに特化」「見せることに特化」「分野に特化」できるようにしたい。

■資料:文化芸術関連データ集
最後に、議論の前提となる客観的なデータを確認しておきたい。

内閣府が平成21年11月に実施した「文化に対する世論調査」によると、舞台芸術を支えているのはかなり固定層であること、関東近辺の特殊事情の中で成り立っていることがわかる。また文化芸術振興のための寄付経験者は1割に満たない。みんな文化が重要だと思っているが、サービスは提供されるものであり、自分たちも一緒になって何かを作り出すところまでは至っていない。企画すれば人が集まる東京は特殊事例でしかない。

このデータに欠けているものがあるとしたら、年齢別の日本の人口分布だろう。今の旅行業界や日本の伝統文化分野は、団塊世代が支えている。例えば今の日本棋院は会員の8割が60代から上である。団塊世代が高齢化して出歩けなったらその業界はどうなるだろうか。同様に日本の舞台芸術も、積極的に若い世代の鑑賞者開発を進めなければ、数年後に急激に支える人口がいなくなる可能性がある。