講座の内容記録 2010

地域における劇場
『日本の公共劇場を考える』
Vol.3 「公益法人改革の現状とこれから」
 
2010年5月26日(水) 19時〜21時
片山 正夫
(財団法人セゾン文化財団常務理事)

《所 感》

「官から民へ」「民が担う公共」というフレーズを耳にする機会も増えてきた中で、公共劇場を取り巻く問題は輻輳している。本レクチャーでは、前回(Vol.2 「劇場法(仮称)の提言が目指すもの」)にも話題に上った公益法人制度改革について、さまざまな観点から具体例も交え、お話を伺った。

公益法人制度改革は、明治以来およそ100年間変化無く継続した仕組みを抜本的に変えたものである。改革の背景に始まり、スタートから約1年半近くが経過して浮かび上がってきた新制度自体の問題点や、改革によって芸術分野に及ぼされる影響、そして指定管理者制度とのジレンマなど、説明パンフレットからは測り知れない運用面の「現実」を知る貴重な機会であった。

既存の社団・財団法人から新制度への移行完了予定まであと3年半。演劇の周辺だけでなく社会全体を視野に入れながら今後の可能性を考えるとともに、どのように変化が進んでいくのか興味深く見守って行きたい。
記録:橋本旦子(学習院大学大学院人文科学研究科身体表象文化学専攻博士前期課程)
1.これまでの経緯:何のために改革がおこなわれたか
○ 改革のもともとの目的
(1) 民間公益活動の育成が必要
教育・福祉・国防・産業振興等の公益活動、いわゆる「公共の世界」を明治以降担ってきた日本政府の限界
  • お金の問題・・・働き手の減少、少子高齢化、経済成長の停滞による税収減→再分配の限界
  • 対応能力の問題・・・成熟社会においては問題が多様化し、多様な対応が必要
    特に阪神・淡路大震災の際、公平性を前提とする政府とフレキシブルな民間とで、初期対応に大きく差が出た。このため民間非営利部門の必要性が再認識され、NPO法成立への契機にもなった
(2) 公益法人が抱える問題点の是正が必要
昨今の事業仕分けでも指摘された、天下りや補助金の抱え込み等の「税金の無駄遣い」、非効率な運営、不祥事など「官製法人」に対する問題意識は自民党政権の時から存在していた
  • 官によるコントロール(許可制、主務官庁制度)
    一方、民間法人に対しても、設立、運営の双方に監督官庁の過剰な指導があり、各々の省庁や担当者によって基準、見解の相違があった
    ⇒当初は行政改革からスタートしたが、阪神・淡路大震災等を契機に民間非営利活動の育成を重視する方向へ
○ 何がどう変わったのか
(1) 許可制/主務官庁制から法律とセルフガバナンスによる規律へ
株式会社は会社法に定義されている要件が揃えば自動的に設立できる(準則主義)。これと同様に、法律で設立要件を明示する→統一的、客観的な判断 許可を不要にし、運営面でも、主務官庁の指導を仰ぐのではなく、自ら統治を行う
<現行制度>
公益法人(社団法人・財団法人)
−法人の設立と公益性の判断が一体であり、主務官庁の許可が必要
−法人格と税制優遇が連動、一定の要件を満たす特定公益増進法人は寄付金優遇
<新制度>
一般法人(一般社団法人・一般財団法人):登記のみで法人格を取得できる
−剰余金の分配は出来ないが、事業の公益性の有無は問われない
社団法人:社員2名、理事1名で設立可能
財団法人:300万円以上の財産の拠出が必要
↓公益認定を希望する法人に対しては、委員会の意見に基づき、行政庁が判断
公益法人(公益社団法人・公益財団法人):公益目的事業を行うことが主たる目的
  • 今回の改革では、約25000あった社団法人・財団法人に加え、約4,000の中間法人(2002年に出来た新たな法人格。同窓会組織のような、広い利益より仲間内の利益を追求する非営利目的の法人)も対象
  • 法人を運営していく上での社会的責任、経営責任の強化
    理事の損害賠償責任に至るまで明記
(2) 税制との連動
寄付税制との連動:法人に寄付した人にメリットが及ぶ税制
・公益法人への寄付の促進
現行制度では、寄付税制の優遇が適用される「特定公益増進法人」の認定はハードルが高い(900法人/25,000法人)
→新制度では、公益法人に認定されると、自動的に特定公益増進法人となる
−国税(所得税):個人が特定公益増進法人に対して寄付をした場合には、寄付額から2000円を差し引いた金額を個人所得から控除
例)年収1000万の人が100万円寄付した場合
現行:30%の所得税→所得税300万円
新:900万円×30%→所得税270万
※法人の場合、損金算入枠が拡大
−地方税(住民税):条例により指定した寄付金が、寄付優遇措置の対象寄付金になる
例)東京都:新たな公益法人に対する寄付には、都税を優遇
⇒民間から民間への寄付を促進
○ 現状はどうなっているか
(1) 新制度施行までの流れ
2006年3月に閣議決定、5月に法案が成立し、2008年12月より施行
本来はNPO法と一本化するのが望ましかったが、NPO法人は合流せずに併存
また、社会福祉法人や学校法人、宗教法人等特別法で定められた法人も合流せず
(2) 移行が進まない
施行から5年の間に、既存の社団・財団法人は公益認定の申請、一般法人への移行または解散の判断が必要
−新公益法人制度における全国申請状況(速報版)
移行認定申請(公益法人への移行)
申請496法人→処分(判定)262法人→公益認定261法人
対象となる既存の法人は約25,000。現時点での申請数はわずか2%にも満たない
移行認可申請:公益法人は煩わしいので一般法人に降りる法人も
公益認定申請:新たな公益法人を設立
2.今回の改革の意義はどこにあるのか
○ 非営利/公益セクターの形成
  1. 「公益国家独占主義」の終わり→「準則主義」へ
    明治以来、国家が公益事業を独占し、民間人が働いて納めた税を官が“公平に”分配
    従来の「許可」が、官が民に対して禁止した事項の例外的な解除を表すのに対し、NPO法および新制度では「認証」となり、法に定められた正当性の確認・証明へ変化した
  2. セクターの「見える化」
○ 市民が支える仕組みの形成
(1) 寄付税制の意味するもの
公益法人への寄付に対する税制優遇(控除)=控除分は「国が負担した」ともいえる
→公益の国家独占から、税金の再分配の決定権が一部、市民に委ねられる
(2) 文化政策と寄付税制
国が行う芸術文化支援政策の仕組みは、大きく分けて2種類
−政府の直接支出(イギリスを除くヨーロッパ的な仕組み)
個人の影響力が反映されにくく、その意味で公平な税金の分配方式
地味でも重要な活動を行う団体に対しては政府の支援も必要
−税の仕組みを使う(アメリカ的な仕組み)
寄付税制の優遇はダイレクトな思考の反映であり、納税者が分配の決定権を持つ
高額寄付者の影響力が増す可能性
⇒どちらも一長一短であり、どの国も片方だけということはない。組み合わせの問題
3.見えてきた公益認定上の問題点
○ 制度上の問題点
(1) いわゆる“財務三兄弟” 「公益目的事業比率」、「収支相償」、「遊休財産」
認定基準における条件のハードル
「公益目的事業比率が50/100以上の見込みになるか」
「公益目的事業に係る収入がその実施に要する適正費用を超えることはないか」
(=収支相償)
「遊休財産が一定額を超えない見込みか」(費用の1年分程度)
→公益財団・社団法人は法人税の優遇を受けているため、「会社」とは異なり、利益追求が認められない。しかし、事業収支において多少のプラスが認められなければ法人自体の存続が危ぶまれる。また、環境の激変する社会では、安定的な運営が見込めない。海外では3年分程度の蓄えが無ければ、寄付者が不安をもつ傾向がみられる
(2) いわゆる“連座制”など
ある公益法人が公益認定を取り消された場合、その財団の業務を執行する理事が理事を兼務する別の公益法人の認定も取り消されるというもの。法令違反等による取り消しだけでなく、公益法人が一般法人に自発的に移るという場合も同様であり、取り消される場合には、資産を丸ごと国や別の財団に寄付しなければならない
○ 運用上の問題点
(1) 不適切な行政指導
担当官による見解の不一致、個人的な“思想”による指導が未だに見られる
(2) 定款審査
公益性の判断に係る部分だけではなく、全体の一語一句を対象にしているため、処理に時間を要する
4.新制度下における組織とガバナンス
○ 自治体の芸術文化財団のケース
主に文化施設の運営を目的として作られたが、今後の動向には微妙な問題を含む
・劇場法(仮称)、指定管理者制度、公益法人改革の連立方程式
現状では、全国に2千数百ある公共ホールの大半が専門スタッフ不在の貸し館となっている。そこで、数十の単位でも、芸術監督、経営の責任者、教育プログラムの専門家を置いた「創造型」の劇場を法律で定め、劇場の創造活動に助成を行うというのが劇場法(仮称)の大意であり、その場合助成対象は公益法人が望ましいという話もある。
しかし、自治体が設置した(本来は「民間」であるべき)公益財団法人の場合、実態としては自治体が設置した施設の運営を行い、税金に負う部分も大きい。財団のガバナンスにおいては、評議員会が最上位となるため、設置者責任、運営責任という観点からは、自治体の責任者が評議員のメンバーに入ることが必要となる。
その一方で、劇場や美術館の運営には馴染まないと言われる指定管理者制度と公益法人の問題を併せて考えた場合、指定管理者制度が適用されていれば、たとえ自治体が設置した公益財団法人で評議員の過半が自治体の人であっても、他の団体に交代する可能性は常に存在する。だが現実問題として交代が可能か?
⇒文化施設の特殊性に答えを出せなかったことが、指定管理者制度の導入につながったと考えるならば、劇場法でその特殊性が認められた時に、地方自治体の直接運営に切り替える正当性を謳えるようになる可能性も考えられる。
また、徐々に「民営化」を進め、指定管理者制度で他の団体と戦える力をつけるなど、いくつかの選択肢が可能性として考えられるであろう
○ 芸術創造団体のケース
団体としてのスタンス(趣味か、ビジネスか、社会的な公益活動か)を決め、それに合う法人格を選ぶべきであり、またそれが可能な状況になった。
→NPO法成立までは、有限会社や株式会社の形態をとる以外の選択肢が無かったかもしれないが、現在は公益・非営利法人格の取得がかなり容易になった。ゆえに、今後、国および自治体の助成制度においては、助成対象が公益法人に限られていく可能性も考えられる
法人格の選択において、規準となる点・・・公益性、寄付税制の優遇の有無、認定のハードル
NPO法人:全ての法人が公益的
設立、運営が簡単
しかし、寄付税制の優遇対象となる「認定NPO 法人」になるためには、ハードルが高い
5年間の期限付き認定
一般社団・財団法人:税法上は完全非営利とそうでないところの二層に分かれる
→非営利型では収益事業のみ課税
そうでないところではすべての所得に課税
公益社団・財団法人:NPO法人と比較すると設立、運営の事務が煩雑
しかし、寄付税制の優遇対象としての認定では、運営実績ではなく事業計画が判断材料となるため、NPO法人の場合よりハードルは低い場合も。
一度公益認定を受ければ、規準を守っている限り存続