講座の内容記録 2010

地域における劇場
『日本の公共劇場を考える』
Vol.2 「劇場法(仮称)の提言が目指すもの」
 
2010年4月16日(金) 19時〜21時
大和 滋
(社団法人日本芸能実演家団体協議会芸能文化振興部部長)

《所 感》

『劇場法(仮称)』は、2009年2月の「劇場をめぐる特別シンポジウム<文化政策と地域における公共劇場の役割>」を経て、提言された。そのねらいは、全国で実演芸術の多彩で多様な創造活動を活性化し、鑑賞参加機会の拡大を通して、実演芸術を人々の生活と社会の活性化に生かすことにある。『劇場法(仮称)』が成立すれば、それは日本の舞台芸術を取り巻く環境を大きく変えるのかもしれない。関係者の関心がこうして高まる中で行われた今回のレクチャーは、芸団協の提言した『劇場法(仮称)』の背景、内容の説明に留まらず、講座当日、新たにホームページ上に掲載された『実演芸術の将来ビジョン2010』にまで及んだ。ひとりひとりが今後、自らの関心とすり合せて議論を形成していくために、この問題を巡る議論のアクチュアルな位置を確認することのできる有意義なレクチャーだった。
記録:秋野有紀(日本学術振興会特別研究員PD・東京大学)
0.「社団法人日本芸能実演家団体協議会(芸団協)」とは
俳優、歌手、演奏家、舞踊家、演芸家、演出家、舞台監督などの実演家、スタッフ等の団体で構成する民間の公益法人。芸術文化の発展に寄与することを目的に1965年に設立。現在72団体が正会員となっている(傘下の実演家は約90,000人)。主な業務には、実演家の著作隣接権に関わる業務を行う「実演家著作隣接権センター」の運営、新宿区の廃校を芸能文化拠点に転用した「芸能花伝舎」の運営をはじめ、芸能に関するさまざまな調査研究、政策提言、情報収集・発信、研修事業など芸能振興を主な事業の柱としている。
1.『劇場法(仮称)』提案の背景
1.1 その前提としての構造改革
『全国に実演芸術の創造、鑑賞、普及を促進する拠点を整備する仮称・劇場法(以下、劇場法(仮称)とする)』が提言された背景には、2000年以降の構造改革がある。
<構造改革のふたつのベクトル>
  1. 規制緩和によって、事業の効率性を追求するベクトル芸術文化の領域では、公立文化施設への指定管理者の導入がこれに当たる。
  2. 非営利・公益組織の活動を促進するベクトル本来事業には課税せず、民から資金を調達することにより、非営利・公益組織の活動を促進。寄付金税制改革と公益法人改革に見られる。
1.1.1「指定管理者制度」への留保
この制度が対象とする「公の施設」には、例えば、駐車場、文化会館、病院、図書館などがある。たしかに、駐車場も文化会館も「施設を貸す」ことをその主要な業務のひとつとしてはいる。しかし、文化会館の役割は「貸館事業」のみだろうか。
⇒「公の施設」を、施設自体を貸すことと、施設を使って住民サービスを提供することの面で捉える必要がある。運営の方向性は大きく異なる。
1.1.2「公益法人改革」のポイント
登記により、法人が設立できるため、非営利法人設立の簡便化した。例えば、一般財団法人は、NPO法人認証よりも簡単なので、新規に法人を設立することは、容易になり、その上で公益認定を受けることになる。(ただし公益認定はNPO法人認証よりも難しい)。

公益認定を受けるための公益目的事業には、22項目あるが、その中に「文化及び芸術の振興を目的とする事業」がある。芸術団体等は第一条件は満たしており、第二条件として社会に開かれているかが問われる。公益法人になると、自動的に税制上の優遇措置を受けることができる。最大の変化は、認定された公益目的事業は、例えば公演事業は、収益事業から除外され、非課税となること。さらに寄附金優遇税制の恩恵も受けられる。
⇒「官から民へ」の流れを推し進め、「民が担う公共」「新しい公共」を実現する土台となる制度。
1.2 提言の背景① 人々の鑑賞機会の減少
<2001年をピークに、人々の鑑賞機会が減少、鑑賞格差が拡大>
近年でも、2008年〜2009年にかけて、長野県は学校での鑑賞事業への補助をカット、兵庫県はびわ湖ホールへの助成を削減、大阪府は、大阪センチュリー交響楽団への助成を大幅に削減している。

鑑賞の地域格差は、大きなところで二倍近くある。「鑑賞しなかった理由」としては、「時間がない」「関心がない」「近くでやってない」が目立つ。全体的に見ると、徐々に阻害要因は縮小されてきたのだが、2003年に入り、40代の「関心がない」割合が増加している。

<2001年をピークに、公立文化会館の事業実施館と文化事業費が減少>
2001年には、1100館が自主事業を行っていたが、これが2005年までに200館減少した。その背景には、地方財政の危機的状況と市町村合併がある。
1.3 提言の背景② 芸術文化に関する「特別法」の必要性
1997年の「世田谷パブリックシアター」開場以来、日本にも次々と、専門的公共劇場が誕生した。2001年には、「文化芸術振興基本法」が制定され、2007年にはその第二次「基本方針」として、地域文化の振興など劇場等の活性化を図る道筋である6つの重点課題が列挙された。こうして、実演芸術界では、その活動を活発化する議論が盛り上がってきたのだが、実は「劇場」は、法的にきちんと定義されてこなかった(法的基盤がない)という問題がある。30万ある「公の施設」の内、例えば、博物館など「社会教育施設」は、館長、専門職員を置くことが規定され、目的・事業もはっきりしている(スタンダードがきちんと提示されている)。他方、「公立文化会館」には規定がない。公立文化施設の中でも、「芸術上演施設」(図1の灰色にあたる部分)は、205館である。「基本法」制定の議論が活発化した際に、「(行政官ではない)専門人材の配置への支援」が基本法に規定された。そのことが芸術拠点形成事業として公立文化会館の支援にはつながった。しかし、劇場・音楽堂とはどんな目的で、なにをするところなのかの議論は成されていない。
⇒一般法(地方自治法の「公の施設」)としてだけではなく、文化芸術の振興の観点から特別法による規定が必要である。
2.『劇場法(仮称)』の基本的な考え方
2.1 意図
「劇場・音楽堂」を地域とのかかわりの中で成立する公共的な機関(事業体)と捉え、第二次「文化芸術の振興に関する基本方針」の実現に対し、戦略的な道筋を示す。
「劇場・音楽堂」は、実演芸術の振興に重要な役割を果たすため、以下のことが必要。
  • 目的・事業の明確化
  • 専門人材の配置
  • 地域経済の活性化の好循環を生み出す
  • 国と地方公共団体の協働と専門家の参加 など
⇒ 既存の公立文化会館から「劇場・音楽堂」を生み出すような法律の制定が望まれる。
2.2 内容
<公立文化会館の3つのモデル>
  1. 公演芸術作品創造を中心とするモデル
  2. 鑑賞機能を中心とするモデル
  3. 地域住民支援を中心とするモデル
  • 公立文化会館は現実に上記の類型が存在し、1および2は国が促進する意義がある
  • 実演芸術の専門家、団体の育成及びその拠点となる「劇場・音楽堂」を整備する
  • 実演芸術の創造活動を促進し、国民の鑑賞・参加の機会の拡大を図る
  • 文化芸術によって、我が国の社会の活力と創造的な発展を生み出す
2.3 具体的なねらい
  • 既存の公立文化会館の中から「劇場・音楽堂」を生み出す
  • 施設の「目的・事業」の明確化・具体化
  • 「専門人材」の配置と「芸術団体」との連携
  • 「国・地方公共団体」との協働
⇒「劇場・音楽堂」に対しては、持続的な事業実施を可能にし、自主事業も増やす。
地域に対しては、鑑賞機会を増やし、地域への波及効果を増大させる。
それにより、人々の生活に実演芸術を根付かせ、より活気にあふれる社会をつくる。

3.『実演芸術の将来ビジョン2010』の主な内容
  • 新たな助成制度の構築
    専門芸術団体、劇場・音楽堂の持続的な発展のため、「新たな公共」の担い手として非営利芸術組織を位置づける。
  • 国民の創造、鑑賞、参加の拠点を全国的に整備する法律の制定
    全国での多様で多彩な芸術創造の活性化と国民の鑑賞、参加の機会の拡大と格差是正を図る。
  • 子どもたちに少なくとも年1回の芸術鑑賞・体験の機会を提供することを目標として設定する
  • 実演家・スタッフの地位向上のための基盤整備
  • 専門助成機関の確立
  • 文化省の設置、文化関連予算を一般会計予算の0.5%に