講座の内容記録 2009

地域における劇場
『日本の公共劇場を考える』
Vol.1 「地域に残すための劇場・音楽堂を育てる―公設から公共へ」
 
2010年4月7日(水)・9日(金) 19時〜21時
草加 叔也
(空間創造研究所代表)

《所 感》

公会堂から劇場法まで、公立文化施設が置かれている現状からはじまり、その歴史と今後を考える全2回の盛りだくさんな内容の講座だった。この10年の間接的な地殻変動で、劇場はいま大変不安定な状況にある。けれども劇場に関わることは、最終的に文化としてたくさんの人に楽しんでもらえる、街の誇り、ブランドになる、素晴らしい仕事でもある。実際草加さん自身も、世田谷区民として世田谷区がパブリックシアターを持っていることを一区民として誇りに思うと述べられていた。

劇場が集会施設から芸術創造拠点へと変化していくのに伴い、劇場に関わる市民も、集まって鑑賞するだけの受け身の状態から組織を立ち上げ運営を担う積極的な主体へと変化してきた。劇場の取り組みが地域にも波及効果をもたらすことができるのは、劇場が地域の人々と一緒に成長する創造空間だからではないかと感じた。
記録:中村美帆(東京大学大学院人文社会系研究科文化資源学研究専攻博士課程)
1.公立ホール(劇場・音楽堂)の置かれている状況
全国公立文化施設協会(以下、公文協)によれば、全国には約2200の公立文化施設がある。“約”という言葉でしか表現できないのは、劇場法のような法律による定義がなく、基準によって劇場の数も変化するからだ。

ピーク時には全国で年間112館、1県あたり3館もオープンしていた年もある。最近では平成19年に14館、18年は11館で、ピーク時の10分の1しか作られていない。バブルがはじけて公共投資がまったく行われなくなった影響が現れ始めた。新しいホールが作られず、公立ホールの少子高齢化が進んでいる。日本の公立ホールは約4、50年で寿命になる施設が多い。将来は古いホールほど淘汰され、新しい施設が作られない。その結果、公立ホールの数は確実に減る。
2.公立ホール(劇場・音楽堂)の歴史と市民の関わり方
公立ホールの歴史:公会堂→多目的化→高機能化→専門化→創造支援型へ
市民の関わり方:受動的な鑑賞者→参加による自己実現→公共の担い手へ
日本の公立ホールの原点は公会堂にある。元は集会施設だったが、緞帳やスポットライト、袖幕、照明、拡声装置といった演出機能が付加され、芝居や演芸も行われるようになり、集会機能から上演機能へと重心を移動させてきた。そして、劇場だけれど音楽もできるなど、様々な設備が求められるようになり、一つの箱に様々なハード要素が集約され、いわゆる多目的ホールが生まれた。無理に詰め込んだことでひずみが生まれ、元々の機能が発揮できず、「多目的の無目的」と批判された時代がある。

そこから脱皮したのが専用ホールで、その先駆けがコンサートホールつまり音楽堂である。音楽以外にも、演劇、ダンス、オペラ、バレエなど、専用ホール化が進んだ。

多目的化、専門化を経て、遮音性、耐震性、バリアフリーなど、設備水準は向上した。一方で、劇場はものを作るところ、作品を作り公開し普及するところだという視点が欠けがちだった。特に地方の公立ホールは、都市部で作られたものを上演するために高機能化してきた。受信型のアンテナとして機能を高めることに重点が置かれ、自ら作品を作って上演する意識がこれまで希薄であった。

それを解決するべく登場したのが創造支援型の劇場である。そういう施設は日本でもまだ少ない。世田谷パブリックシアター、彩の国さいたま芸術劇場、新潟市芸術文化会館りゅーとぴあ、びわ湖ホール、兵庫県立芸術文化センター、北九州芸術劇場、静岡のSPAC、水戸芸術館、まつもと市民芸術館、可児市文化創造センター、山口情報芸術センター(YCAM)、長久手町文化の家など、創造し発信する施設が作られつつあるのが現状だ。一方で鑑賞のみの施設や集会施設も公共が担う大きな役割であることには変わりはない。創造・鑑賞・集会、それぞれに適切な数がある。

公立ホールの発展に伴い、市民の関わり方も変化した。最初は鑑賞者として観に行くだけだったが、文化協会のような活動に参加するようになり、最近ではNPO法人を活用した市民による自主運営も、既に全国約50施設で行われている。これまでは行政サービスが公共サービスだと思われていたが、行政セクターよりも公共サービスを担う能力が高い市民セクターが台頭してきた。その先端を担うのがNPOで、市民セクターが自らの意志で公共を担おうとするのが今の時代の新しい動きである。

ここでは公立・公設と公共を分けて考えたい。公立・公設はあくまでも設置主体が地方自治体か国であるという意味だが、それに対し公共はもう少し社会性がある施設に使われるべき呼称だ。公立文化施設が公共的な施設であるためには、公立文化施設の波及効果を想像し、それを生みだすようなコンテンツを発信していくことが求められる。例えば波及効果として、劇場を核とした地域コミュニティ形成、周辺での飲み食いをはじめとする経済効果、にぎわい活性化、ブランディング(まちの文化的イメージ向上)、人口増加、税収アップなどが考えられる。文化で町の名前が発信され認知され浸透していくような、全面的な発信ができるのは文化施設ならでは強みだ。
3.公立文化施設の整備手順
そのような文化施設の整備にあたっては、ソフト計画とハード計画がパラレルで進んでいくのが一般的だ。ハードの話が先行することが批判されるが、ハードに入らないソフトの話はリアリティがない。

とはいえ一番重要なのは、ソフト、基本理念の検討・整理、施設整備の目的と使命の明確化だ。あくまでも最初は何を目指すかから考える。それがはっきりしてはじめて、その実現のためにどんなものが必要か決まってくる。音楽か美術か演劇か、どんな人材と施設が必要か、どのくらいお金が必要か。何を目指すかを最初に共有しておかないと残りが決まらない。

何を目指すかという施設の背骨が揺らぐこともある。なぜなら活動が変化するとミッションも成長して変化するからだ。劇場は毎年同じサービスを提供していればいいというものではない。時代のニーズに合わせて変化し、時代を引っ張っていくような作品を作る。文化施設が駐輪場と違うのは、このように変化して成長していくからだ。
4.公立文化施設を取り巻く変化と課題
この10年間で公立文化施設を取り巻く状況は大きな地殻変動を経験してきた。

<年表>
出来事 説明
1998 NPO法 中間支援を担うアートNPOの増加。
1999 建設省によるPFI法
(private finance initiative、民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)
・経済成長を促すために公共投資を促進する法律。
・計画設計施工管理運営を一括パッケージで民間に発注し、手間を省いて経費を抑えると同時に、施設整備のお金を民間に出資させて政府が割賦払いで返す。
・例:杉並公会堂、いわき芸術文化交流館アリオス
2001 文化芸術振興基本法 ・日本の文化政策の重要なターニングポイント
・文化芸術を国民が享受する権利(アクセス権)を認めた
・第16条の芸術家等の養成及び確保で、劇場に関わる人材はほぼ網羅されている。
・第25条では劇場・音楽堂等の充実も掲げている。
2002 文化庁
芸術拠点形成事業開始
・イベントでなく施設単位に助成する初めての例。
・3分の1しか助成しない赤字助成。
・前年の文化芸術振興基本法の具体的実践手法かと思いきや、最近の事業仕分けで切られてしまった。
2003 自治省(現総務省)
地方自治法244条の2改正(指定管理者制度の導入)
・“公(おおやけ)の施設”の管理運営を民間業者にも開いた。
・PFI法と地方自治法の齟齬が解消。
2005 市町村合併特例法 合併後の自治体数1800を全国の公立ホール数2200が上回る。
2006 公共サービス効率化法
(市場化テスト法)
・民間と行政(あるいは財団)で競って安い方がとる。
・文化施設の導入例はないが今後の可能性もある。
2008 公益法人制度改革
(移行期限2013年11月)
・公益認定を申請して認定を受けるか、一般社団・一般財団になるか、どちらかになる。
・公益法人改革とNPO法の整合性が取れていない。
5.指定管理者制度について
指定管理者制度の導入目的は、住民ニーズにこたえる、住民サービスの向上を図る、経費縮減の3つがあったはずだが、実際はもっぱら経費節減のために導入されている。とりわけただの箱と思われている劇場・ホールは経費節減にあらがうための説明が難しい。

本来なら公の施設を行政がミッションを掲げて運営していく直営が一番潔い。しかし行政のシステムでは異動が多く専門性がない行政職員が施設運営をやらざるをえない。それを補うために専門性の高い人材が関われるように指定管理者制度を導入するのが本来の筋で、だから指定管理者にはミッション実現に向けて直営よりも高い専門性が求められる。

1回目の指定管理者は、消極的公募(非公募により説明責任を回避するため公募)と消極的非公募(既存の運営組織を守るための非公募)が多かった。しかし非公募の場合はその管理者がベストであるという説明責任が発生し、公募の場合は例えいい候補者がいなくてもその中から選ばなければならない選択の不自由が発生する。

<指定管理者の導入状況>
公文協の調査によると、移行期間が終わった2007年前後から、指定管理者導入に当たって公募の割合が増えている。選定された指定管理者の種別をみても、民間事業者が関わる事例、特にNPO法人単独運営またはNPOと民間事業者の共同体の割合が増えていて、民間で運営力があるところがどんどん台頭している。財団が勝ち抜くには、民間に負けない事業計画書を書けるようになること、そして民間の提案の実行性を見抜ける審査員を指定管理者選定プロセスに入れることが肝要だ。

募集の仕方として、管理・運営・事業を切り分けて指定管理者を募集する例もある。例えば事業を直営または財団に非公募選定ないし委託を行い、運営管理で指定管理者を公募するかたち等がある。

指定期間は第1回目の導入では3-4年が多かった。実質3年の場合、評価を最初の2年で出さないといけないので時間がなく、また3年目の労力の大半が次の公募準備に費やされるという課題もあった。そのせいか2009年の調査では5-7年の指定期間が主流になりつつある。劇場は3年では評価が難しいということが定着しつつある。

利用料金制は、2009年の時点で導入している施設が69%になる。指定管理者で利用料金制を導入する場合に減免規定があると運営に影響を及ぼす懸念がある。最近では、減免規定の範囲を制限する施設が増えている。

実際には作品制作までを含めた劇場運営を実践できる専門性を持った職能団体は民間にはほとんどない。だから非公募にして自前で組織を作る事例が出てくる。新潟市芸術文化会館りゅーとぴあ、北九州芸術劇場、神奈川芸術劇場、東京都などもその例といえる。

<指定管理者制度導入の効果と課題>
効果 課題
・ミッションの明文化
・リスク分担の明確化(業務分担)
・経営意識の改善
・事業評価の実施(モニタリングの実施)
・有期限効果
・マンネリ化の脱却
・経費縮減の促進(組織のスリム化など)
・指定期間が有期限であること
 モチベーションのインセンティブ
 中長期的な人材育成計画困難
 事業の継続性が担保できない
 短期契約増加でチームが弱くなる

・期間ごとに繰り返される経費削減継続要請
・応募リスクと過大な提案作業負担
・公募の限界
・設置条例の目的の記載が曖昧
・利用料金制の有無
・施設利用の促進と指定管理料のバランス
・減免規定の運用方法と利用料金収入への影響
<これからの公立文化施設の課題>
  • 設置主体による施設の使命の確認・共有・実践
  • ミッションに特化した専門性の確立
  • 独立した経営意識を持った運営(行政と一体ではない経営能力)
  • 目標の設定と業績評価の実施
  • 欠如していた能力の回復(創造性、危機管理能力、当事者意識、判断力/決断力)
  • 非営利の経営の実践(お金儲けではなく公共的なミッションの実現)
  • マーケティング(来場者ではなく来なかった人も含めた市民の認知度や親和度の調査)
  • 芸術文化に関心を持たない人々をどうインキュべートしていくか

<施設設置主体(所管課)の役割>
  • ミッションの明文化と提示
  • 長期的な文化政策立案と実践(文化ストックの蓄積)
  • 公立文化施設の運営原資の適正な算出と拠出
  • 公立文化施設の安定的な運用及び提供の保障(長期修繕計画等)
  • 公立文化施設の業務モニタリングと業績評価の実施(非営利をとりいれた評価基準)
  • 適正な情報の開示
6.劇場法について
これまでの個別法の先例にならえば、約2200の公立施設を「劇場」とそうでないものに分類することになる。そのためのハードランディングを避けるには、「〜するのが望ましい」というインセンティブ(動機づけ)を与える法律の作り方もあるのではないか。例えば「[特別な機能]を置くことが望ましい」といった誘導する条文があり、その方向に進むことでアドバンテージ(助成金等のメリット)を与える。これによりこれからの劇場のあり方をリードする劇場を芸術拠点として位置付けていくという手法である。

平田オリザさんは、全国のホール施設を最終的に「創る劇場」「観る劇場」「その他」に分類するといっている。そのためのインフラとしてNPOの認証方法や民間寄付などの充実も提案されている。違いを明確にしていくことで、それぞれの頂点をしっかりと創る。創造型だけでなく、鑑賞や貸館についてもしっかりと能動的に実践していく。一時的な混乱は起こるかもしれないが、これくらいの変化がなければわが国の公立ホールは、これまでの呪縛から決して抜け出すことがないかもしれない。