講座の内容記録 2009

地域における劇場
『日本の公共劇場を考える』
Vol.7「財政から見た文化、芸術」
 
2009年8月25日(火) 19時〜21時
金谷 裕弘
(元・財団法人地域創造事務局長)

《所 感》

文化・芸術に関心を持っていると、どうしても文化・芸術の側から全体を見てしまう癖がつく。今回の講演は、逆に地方公共団体全体のお金の動かし方である財政という観点から捉えることで、全体の中で文化・芸術を見ること、そこで文化・芸術の意義を発信し説得していく重要性を指摘するものであった。そこでキーワードとなるのが「公共」である。特に「来てよかったね」にとどまらずに、実際には足を運んでいない人まで含めて「みんなが必要だと言っている」という説得力は強い。公共の文化施設が、まだ出会えていない人々も含めて、地域に向けてどのようなアプローチを展開していくかが重要である。そのことについて財政という観点から、説得のための方法論まで含めて、理解を深めることができた講座だった。
記録:中村美帆(東京大学大学院人文社会系研究科文化資源学研究専攻博士課程)
はじめに
地域創造には、昨年度1年間、事務局長として関わった。金融危機の厳しい時期だからこそ、自治体が地域を元気にするために文化施策を行い、それによって住民も地域も元気になり、最終的な地域の振興につながれば、ということを主張する活動を支援した。「地方公共団体のホール」の活動を支援することで、芸術文化による地域づくりを後押しし、地域を元気にする仕事である。なぜ文化庁ではなく総務省が?とよく尋ねられるが、地方公共団体が作った施設への運営支援であり、地方公共団体の支援として取り組むからだ。
財団法人地域創造とは?
  1. 旧・自治省/現・総務省の外郭団体の財団法人
  2. 80年代にたくさんできたホールの運用・活用を支援するために、
    ひとづくりや文化芸術施策による地域振興の手助け、財政支援を行っている
  3. 全体の予算は20億円くらい、財団としては小規模な方である
  4. うち10億円くらいを各地域に助成している。残りは研修事業等の
    ひとづくり・人材育成を短期集中・全国展開、地域へのアーティストの派遣、
    自主事業のノウハウの蓄積やネットワークづくり、調査研究などの事業に充てている
旧・自治省/現・総務省は、財政面に関していえば、1,800の都道府県市町村のマクロの財政措置を扱う。仕組みを作ってお金を工面して地方自治体の財政面から自治体の運営を支えるのが仕事である。

自治体の予算は厳しい。文化予算は特に厳しく削減されている。今日の話は劇場・ホールだけでなく、地方公共団体の施策・意思決定における芸術文化施策の在り方についての、財政側の視点・論理からの話になる。芸術の現場にとっては聞きなれない用語もあるかもしれないが、両側からみると自治体の動きが見えてくる。

「地方公共団体のホール」の活動を支援することで、芸術文化による地域づくりを後押しし、地域を元気にする仕事である。なぜ文化庁ではなく総務省が?とよく尋ねられるが、地方公共団体が作った施設への運営支援であり、地方公共団体の支援として取り組むからだ。
1.自治体予算・財政からみる文化芸術〜自治体における予算の考え方
自治体にとっての公共ホール・公共劇場
  1. 自治体にとって、公共ホール・公共劇場とは、設立者が自治体である施設のことをいう
  2. 経営主体は、自治体の直営である場合、指定管理者である場合、いろいろある
  3. 設置者が地方公共団体なので、経費は地方公共団体が負担している
  4. よって、地方公共団体の予算が関わってくる
公共ホール・公共劇場は、地方公共団体の予算を前提にしており、当該自治体の財政との関わりは避けては通れない。設置者としての地方公共団体には説明責任がある。厳しい時代だからなおさら予算の在り方が問われる。
地方公共団体の財政の仕組み
  1. 地方公共団体の仕事は幅が広い。国のような各省庁に分かれておらず、
    いろいろな分野をやらなければならない
  2. だからどの分野にどれだけ予算を持っていくか、限られた財源の効率的・効果的な
    配分が求められる
  3. 財源が無限にあれば苦労しない、有限だから配分に苦労する
  4. 予算案は首長(知事・市区町村長)がつくるが、議会の議決をもらってはじめて執行できる
  5. 予算がつけば具体的な執行(地方自治体の具体的な実践活動)につながる
    ※但しそれ以外にも、人を配置して予算ゼロとか、助成・貸付・規制緩和等で、
    行政以外の主体が実施するという方法もある
予算(お金の配分)・人事(人的資源の配分)・計画(=自治体の方向性を示すマクロなツール)、それらを組み合わせて自治体の行政は進んでいく。その中でも予算は、端的に地方公共団体の方向性が示される、一番見えやすいところだ。国地方を通じた累積借金800兆といわれ、地方公共団体の財政は厳しい。構造的な財政問題に加えて、不況で短期的な税収も減少している。そうした中で極端なのがここ1年の状況だ。
収入(歳入):見た目よりもできることは案外少ない
  1. 金額的には、県レベルで数千億から10兆、市区町村では、数10億〜から数兆と幅広い
  2. 一見するとたくさんお金があるようにみえるが、予算の仕組みは窮屈で、
    できることは案外少ない
  3. 予算には、一般財源と特定財源がある
一般財源
収入の時点で使途が決まっていない・自由に使える裁量が地方公共団体にある
税金(地方税)、地方交付税
※地方交付税は行政に必要な財源をオールジャパン規模で確保する仕組み
特定財源
特定財源は収入の段階で使い道が決まっている(例:道路特定財源)
国庫補助金(目的が決まっている、福祉目的など)、地方債、使用料など
一般財源が少ないと何もできない。一定のお金がないと借金もできないし補助金ももらえない(自己負担分を支払えないため)からだ。理論上は 地方税だけでは足りない部分を地方交付税で出してもらえる仕組みになっているが、それだけではやっていけないく らいに地方自治体の税収が落ち込んでいる。

文化目的の特定財源がない以上、一般財源をどう確保するかが事業をやっていく上では大切なのだけれど、なかなか難しい。一般財源を増やそ うにも、地方自治体独自の税金を作るのはすごく大変(例:ある県で3年かかって3-4億円の新規税収)。
支出(歳出)の話:「必要だからやっている」のが基本、簡単に減らせない
  1. 地方公共団体の仕事は基本的に住民代表の議会の議決を経て「必要だからやっている」 もので、やめるにはそれなりの手続きが必要
  2. 主な内訳
<費目別>
人件費(人がいないと仕事ができない)※都道府県は学校の先生、警察官の給料も含む
扶助費(福祉費用で絶対必要な部分)
公債費(過去の借金)

<目的別>
教育費(人件費が多い都道府県では高い)
民生費
土木費(複数年にわたり、簡単にやめられないし減らせないものが多い)
公債費(借金の返済や利子)

<性質別>
経常的経費:毎年掛かる経費、人件費・物件費・維持補修費など
単年度だけで簡単に減らせるものではない。
臨時的経費(土木など):経常経費と比べたらまだ削減可能性がある
実際は複数年度にわたるものが多く維持管理も必要、削減は難しい
投資的経費(土木など):将来にわたって長期の効用が目的
借金(公債)が多い(将来世代にも負担を分担させる)
よって100億の公債でやっている公共事業を削っても、実際に当該年度に使えるようになる予算は1割程度だったりする。

どうしてもやらなければいけない事業や、国の基準(法律上絶対従わなければならないものや、義務はないが、助成金をもらう場合総額の半分 は自己負担など、事実上の制約として付いてくるもの)の必要額を算出していくと、かなりの部分が決まってしまう。財政の観点から言うと「 査定のしようがない」「削りようがない」部分であり、それ以外に自由に決められる部分というのは思いのほか少ない。

入ってくる量は決まっていて、簡単には増やせない。あらかじめ決まっているやらなければいけないことも多い。その残りで何をやるか…資源 配分のゼロサムゲームになる。
予算編成の考え方
  1. 「要求なければ査定なし」:要求がなければ査定もしないし予算も付けない
  2. 「シーリング」:
    減収に応じてどのジャンルでも一律カット、その中でのやりくりを要求する発想。
    予算として形にはなるが、住民が何を望んでいるかという本質的な議論がない。
    それだけでは政策とは言えない。どこにメリハリをつけるか、議論が大切。
  3. 「計画」:メリハリのつけ方・予算要求の基準
    地方公共団体として方向性を明確にする計画を打ち出し、計画に沿って支出を決める
    予算要求を認める条件に、計画があることを掲げている地方公共団体は結構多い
    しかし自治体における計画の数は多く、計画があるからといって安心はできない
財政側としては、なるべく予算「要求」から減らしたいので、いろいろ働きかける。まずは「要求」を可能にするものとして、「計画」がある ことは大切だ。
予算要求を通すには?:「計画」、特に実効性の高いものがあることが大切
  1. 文化に関する「計画」があることは大切
    例:川崎市 音楽のまちづくり計画→アクションプラン
  2. 計画の中に予算もある程度書き込まれ、施策の体系がきちんと決まっているといい。
    計画の中に詳しく書き込まれているということは、かなり強い意志でやっていくという
    意思表示になる。財政側としては大変だけど、予算要求する側としては強い根拠になる
    例:札幌市 達成目標を具体的に明記(動員人数)
    →その達成に向けて必要な事業をやるという説明が通りやすい
    目標と成果を明らかにする説明責任を果たしている
  3. 「計画」:メリハリのつけ方・予算要求の基準
    地方公共団体として方向性を明確にする計画を打ち出し、計画に沿って支出を決める
    予算要求を認める条件に、計画があることを掲げている地方公共団体は結構多い
    しかし自治体における計画の数は多く、計画があるからといって安心はできない
  4. 予算を出すことをオーソライズするような根拠を作っておくことが大切。
  5. 単純な数値化による行政評価は特に文化行政では難しいが、
    予算をつけていく根拠としてはわかりやすい
  6. 行政計画は実はたくさんある。ジャンルも幅広い。「書いたからには必ずやります」
    というものから「ためしに書いてみただけ」のものまでさまざま
  7. 実効性の高い計画の枠組みに乗ることが、予算要求を認めさせるためには大切
財政とは、お金の配分を通して、地方自治体がどういう方向に進むかを決定する行為だ。よって、判断基準が大切となる。一方で財政の言い分 としても、こういう枠組みに乗って出された予算要求は認める、という仕組みを示していることが多い。
財政側の論理:答えられれば道が開ける
  1. 要求する側の論理は「事業が必要である、だからやらなきゃいけない」
  2. 財政にとって「必要性は自明」。その上で「なぜそれをやるか説明できること」を重視する。具体的には、
    緊急性(今年やらなきゃいけないの?他のことよりも優先しないといけないの?)
    必然性(なぜやらなきゃいけないの?市長が言ったの?議会は説得できるの?)
    主体(行政がやらなきゃいけないの?)
  3. 財政のつぶやきに答え、財政側と個別政策側の意識の違いを説明できれば、道が開ける
全体を見ている財政にとって、施策選択とは、優先順位と比較を意味する。きわめて多岐にわたる施策の中で、他と比較してなぜこれがいいか、財政は議会・マスコミ・団体・住民に対し、説得力のもった説明を考えなければならない。地方公共団体における意思決定は、そうした全体の中で総合的な判断とならざるを得ない。 地方公共団体の予算は「ヤジロベエ」である。本数のたくさんあるヤジロベエのバランスをとる予算づくりになる。批判的ないい方をすれば総花的だけれど、総合行政としてはある程度は必要なことだ。もちろん、すべての腕の長さが同じではなく、長短メリハリは必要となる。すべての人を満足させる予算はほとんどできない。 どうしてもやりたいことについては、いわばえこひいきの位置づけとなるきちんとした説明をして、納得させなければならない。説明できないと予算の提案は通らない。逆に言えば説得できて財政が「出す」と決めたらば、今度は財政は一緒に文化予算の正統性を説明する側になってくれる。
2.自治体における文化施策の位置づけ
参考:文化芸術振興基本法
(地方公共団体の施策)
第三十五条 地方公共団体は,第八条から前条までの国の施策を勘案し,その地域の特性に応じた文化芸術の振興のために必要な施策の推進を 図るよう努めるものとする。
2001年に制定された文化芸術振興基本法では、自治体に対しては「努めるものにする」としか書いていない。そこで地方公共団体として文化施策に取り組む場合、方向性を明確にするために計画を打ち出し、その計画に沿って支出を決めていくケースが多いことは既に述べたが、計画を作ったけどご破算にした例もある。計画に載っていることは必要条件だけれど十分条件ではない。

文化行政は一般財源が多いためどうしても削られやすい。使用料などは主たる収入源ではないが、とれるところでとらないことが怠慢と財政の目には映ることもある。ある程度の集客は収入という観点からも大切だし、そうでないならその説明は必要だ。

説得の材料として、数字で示すことは確かにわかりやすい。示せないなら、アンケートなどをこまめにとって示していくことが一層大切になる。地域創造でも実施した事業先にアンケートをとり、満足度を収集して示している。網羅的には無理でも、機会は逃さずにこまめに説得材料を集める必要がある。
説得材料となる指標例:アウトプット指標とアウトカム指標
例:コンサートをやって1,000人来た(アウトプット指標)
→それで??
→音楽への理解が深まった(アウトカム指標)
目的とする成果そのもの・ミッションの達成
アイディアを実行に移すプロセスでの説得力は、文化行政に限らず必要だ。いかにオーソライズするか。具体的には議会の決議をいただく、多くの要望書があることを示す、首長の発言に乗る、あるいは首長に発言してもらえるようはたらきかける、など。トップの発言は強いが、トップの思いを実行に移すにあたり、批判に耐えられ、成果が得られることを説明できなければならない。反対できる人をもいかに説得できるかを財政では考える。

地方公共団体ではやらなければならないことがたくさんある。しかも去年と同じ事業もできないほどの財源不足の状況にある。そうしたなかで、「これをやりたい」というメリハリ、えこひいきを、いかに説得力をもって説明できるかが問われてくる。
質疑応答
Q1: 地方公共団体では文化に割く財源が少ないといわれるが、そもそも日本で文化予算が少ないのはなぜか。

例えば韓国では国レベルで文化政策に力を入れている。フランスも国家予算の1%である が、日本で0.1%。歴史的にいえばパトロネージをだれが担うかという問題になる。文化 芸術の振興が大切であることはどの国でも認めているが、寄付文化がどこまで進んでいる か等との関連も含めて、そのうち行政が関与するべき役割については国によっていろいろ ある。フランスはかなり国が関与すべきという論調が強いが、日本ではそこまででもない。 日本の場合予算規模は大きいので、割合では少なくても金額としては多いという見方も できる。印象として少ない感は否めないが。

Q2: 文化では一般財源が多いのはなぜなのか。

負担金はその分野の事業に対し国が一定の責任を負うという意思表示である。たとえば 教育や生活保護、介護保険では、国の負担割合が法律で決まっている。芸術文化では国の 負担割合が定められていない。文化施策に対する補助金は結構あるが、それは国の義務 負担ではなく「奨励補助」に留まる。つまり国が責任を負って負担もするから地方公共 団体としても取り組む、というふうにならない。文化行政の場合、国が負担して地方で やりましょう、とならないのは、いい意味で縦割りになっていないところがあるからだ とも言える。

Q3: 例えば教育については、教育を受ける権利が法律で保障されて、財政的にも 最低限保証する仕組みができている。文化についてはそれがないということか?

文化政策についても、教育委員会と同様に、標準的な経費を積み上げた数字はある。 文化芸術振興基本法もできたが、地方公共団体でぜひやりましょう、それを担保すると いうものにはなっていない。一般的責務としては法律には書いてあるが、「書いてあるから やりましょう」となるような義務付けまでは至っていない。

Q4: 作成した評価の基準が定量的だと建前にならざるを得ない面もある。 定性評価をどう盛り込むか。

財政の側から言うと、立証できなかったらだめ、という議論になりがちである。

道具概念と説明概念という言い方があるが、これがあるからこうします、という道具概念 と、あとで説明するための説明概念とがあり、説明概念は説明するときには使えるけれど、 予算請求の道具としては弱い。

評価にあたっては、サイレント・マジョリティの顕在化が大事だ。来た人は喜んでいるけ ど、そうでない人の評価をどう顕在化させるか、来てよかったねにとどまらない「みんな が必要だと言っている」という説得力は強い。ただ文化行政は緊急性に弱く、後回しにさ れがち。だから邪道かもしれないが、教育や他の分野と結び付けて、文化芸術を、 ではなく、文化芸術で、という見せ方も一つの手ではある。

実際の財政の現場では、細かく議論をしている時間はない。だから現場レベルで早いう ちから、予算請求の前に、説得力を備えておくと強い。前年の夏くらいからレビューを 重ねて材料を集めるとか、計画の枠組みにのってオーソライズしておくとか。文化・芸術 の問題について、どれだけの広い範囲の人が、どれだけの熱意を持ってやっているか、住 民の代表である議員に正しく理解してもらうことも大事だ。日頃から理解者・ファンを増 やすために、時間がかかるけれど努力を重ねておくことは必要である。マスコミや、他機 関の評価(例:地域創造のJAFRAアワード)をうまく地域に持ち込めば、説得材料に使える。

Q5: 文化予算の減少動向は今後どうなるか。

すべての予算が減っている。だからと言って一律に減らすという予算は財政としては楽だ けれど、政策として首長はやりたくないので、いかにメリハリをつけるかという話になる。 経常経費を少しでも減らすために人員を削減したり、コストダウンできる管理者に変えた り工夫する。逆に発想を変えると、歳入を増やすアイディアも可能だ。細かい話だが、 たとえば自販機の設置。目的外収益事業になるので、入札を含めた一定の手続きは必要だ が、場所が良ければ大きな収入になる。それを文化目的の特定財源としての収入につなげ られる可能性はある。

文化予算確保を要求するに当たり「頑張って無駄を減らしたからその代りに…」「収入を 増やしたからその分は…」といった説明は財政も好む。納得すれば財政は対応してくれる。