『舞台芸術と著作権・契約/実務力がつく4日間 2010』
Vol.3「契約(1):基礎編」
2010年9月28日(火) 19時〜21時
福井 健策
(弁護士・ニューヨーク州弁護士/日本大学藝術学部客員教授)
《所 感》
多くのクリエイターの協働により出来上がる舞台芸術においては、関わったすべてのクリエイターの権利は著作権のみで網羅することはできない。こうした状況の中で、著作権を補足するかたちで「契約」が機能しているとみることができる。「契約」は作品を創り上げていく上で、クリエイターたちに多大な効果を及ぼしうる。その「契約」を最も活用する立場にいるのが制作者であり、いかに的確な契約を交わすかが制作者自身、作品、芸術活動(ビジネス)全体の成果に繋がってくる。「契約」はクリエイターを生かしも殺しもする行為なのある。では契約を安全に交わすために、いかなる点に留意すればよいのだろうか。講座最後に契約書の新・3つの黄金則として「契約書は読むためにある」「内容が『明確』で『網羅的』か」「『契約交渉はコスト』という感覚」の3点が挙げられた。当たり前だと軽視しがちだが、これまでの経験を思い起こしてみると、常にこの3点を頭に置いておく必要があると実感した。
記録:有賀沙織(KASSAY有限責任事業組合/東京大学大学院人文社会系研究科文化資源学研究室修士課程修了)
1. 舞台芸術全体は著作物か?
現在のところ舞台芸術の公演自体は独立の著作物ではないと考えられている。演出家に関しては著作隣接権が与えられ、収録・放送は原則として禁じられているが、再演に関してはNOということはできない。プロデューサー(制作者)は無権利であるため、固有の権利を求める声もあるがなかなか実現されていない。ここで著作権のかわりに力を発揮するのが契約であり、プロデューサー(制作者)は契約で自身の権利を確保している。文化事業にはいくつかのタイプの契約がある。
1-1. 文化事業にかかわる契約のタイプ
A:既存の作品の「利用」のための契約(≒ライセンス)
B:出演等の「業務」の契約:俳優・ミュージシャンの出演契約、各種スタッフとの契約、オーケストラ・演劇・ダンスの公演委託(国際ツアーを含む)など
C:新たな作品の「委託」の契約:映像作品や美術作品の製作委託、新作音楽や戯曲の委嘱(その後の利用許可とセットであることが多い)
D:共同で行う「事業」の契約
E:「資金」の調達に関する契約:ローン契約、出資契約 など
Aタイプの契約は、かみ砕いて言うならば、訴えないことを約束する契約である。Bタイプの契約は契約者に仕事をして貰うための契約である。CタイプはA+Bのかたちであると言える。Dタイプは、一緒に業務を行っていく約束をするものであり、映画製作時の製作委員会などがその例としてあげられる。
契約を行う際には、上記A〜Eのどのパターンにあてはまるかをまず考えて取り組むと、スムーズである。
2. 契約が任意で守られないとき、何ができるか
1)履行の強制
2)損害賠償
3)解除
1)は裁判所などの力を借りて契約を守らせることであり、2)は契約が守られなかった場合にペナルティが課されることであり、3)は契約履行を催促した後、履行されなかった場合に解除できることである。
2-1. 口約束も契約か? 契約「書」を作成する意味とは?
1)履行の強制
2)損害賠償
3)解除
口約束も契約になり得る。過去に「ディズニー・ワールド・オン・アイス事件」において、覚書未署名でも契約責任を認めた判例が存在する。しかし、契約「書」を作る意味は以下の4点がある。
1)後日の証拠:人間の記憶は動くため、契約事項を記録しておくことが必要
2)背中を押す・腹をくくる・手続き:これまで何となく話してきた内容であっても、以後は確実な約束だということを確認するために文書化する。信頼関係を崩さないために必要な行為である
3)意識のズレ・見落とし・甘い期待の排除:契約を交わす相手と認識を合わせる
4)契約自由の原則:「原則」(法律の原則、業界の慣習)を変える効果がある
以上が契約書を作成する上でメリットであるが、デメリットもある。中でも契約書を作成するのにかかる手間と時間が最も大きなデメリットであろう。真剣に交渉すればするほど、手間はかかり、時には交渉相手との関係が悪化する可能性もある。
2-2. 契約に関する基礎用語
1)契約書/合意書/協定書/確認書/覚書/念書
=基本的に同じ意味である。意味に違いはないが、イメージに違いがある
2)当事者/第三者(甲・乙・丙・丁・戌・巳・庚・申・壬・癸)
契約は当事者しか拘束しない
3)故意:わざとやる/過失:落ち度によってやる
・「責」に期すべき事由:【例】台風によって壊されてしまった
・不可抗力/「やむを得ない事由」:防ごうと思っても防げない事由
*参考:英文の契約書においては「甲乙」のようではなく、作家はAuthor、プロデューサーはProducer、劇団はCompanyと職種・団体をあらわす略語を用いることがほとんどである。