『公共劇場の運営』
Vol.2「鳥の劇場 5年目の経過報告」
2010年7月16日(金) 19時〜21時
中島 諒人
(鳥の劇場主宰)
《所 感》
鳥取県にある鳥の劇場は劇団であり、廃校になった幼稚園と小学校を改修して造られた同名の劇場を拠点として、地域に向き合う活動を行っている。従来の公共ホールとは大きく異なった、この「公共劇場」はどのようにして生まれ、育ってきたのか。今回は主宰の中島諒人さんより、設立までの経緯および2009年度の活動実績等についてお話を伺った。生活の場の近くにあり、地域の問題解決にも取り組むこの劇場は、演劇と劇場の持つ可能性を強く信じる人たちのパワーによって支えられ、成長し続けている。しかしながら劇場の価値を伝え、必要性を理解してもらうための模索は現在も続いているという。さまざまな試みを行う中で、みずからその価値を発見する「眼」を大事にしているというお話が印象的であった。このような劇場を支える仕組みが整い、地域色豊かな劇場が増えることで日本の演劇シーンのみならず、多くの地域に良い変化が生まれて行くことを期待したい。
記録:橋本旦子(学習院大学大学院人文科学研究科身体表象文化学専攻博士前期課程)
0. はじめに
「劇場の公共性」を考えた場合、まず一般的に「公共性」の基本となるのは「採算はとれないが、人間や社会のために不可欠」という考え方であり、学校や図書館などは地域的な広がりの中で「知的な蓄積へのアクセス」を保障し、その機能を果たしている。これまで地方の劇場は、この延長線上で東京や海外からの招聘公演など、地理的な要因によるアクセスの困難さを補ってきた。しかし現在、劇場法(仮)等の議論における「劇場」は、従来の鑑賞型から一歩進んだ異なる文脈で語られているように思われる。そこで今回は「創る」ことを軸に、劇場の持つ可能性を考えながら話を進めたい。
1. 鳥の劇場に至るまで
- 2003年、利賀演出家コンクールで最優秀演出家賞受賞。2004年10月より1年半、静岡県舞台芸術センターに所属。鈴木忠志さんの作品創りに立ち会う他、国内外のツアーへの参加や、高知県立美術館での共同制作等を通じ、「職業人として演劇をすること」、「地域の中での劇場の運営」を学んだ。
- 2006年3月に静岡との契約が終了。一生の仕事としての職業的演劇人を目指す中で、公的な支援を安定的に得るためには演劇を通じて社会とギブアンドテイクの関係を構築することが必要であると考え、地方に可能性を見出した。当時すでに「地方再生」や「創造都市」という考え方もあり、地域社会の中に上手く存在を確保できれば理論的には可能だと思い、出身地でもある鳥取を選択。
- 2006年7月、鳥取市の文化芸術推進課より、劇場にできそうな建物として紹介された旧鹿野幼稚園と旧鹿野小学校体育館を拠点として活動を開始。
2.鳥の劇場の概要
○鳥取市鹿野町
劇場のある鹿野町は現在の人口が4,400人(鳥取市20万人)。転出数の増加・出生数の低下により、人口が減っている。なお、鳥取県全体では人口60万人弱、予算は一般会計で3,500億円。
(参考:世田谷区は人口80万人、予算が3,700〜3,800億円)
○活動概要
- 主催事業:〈創る〉、〈招く〉、〈いっしょにやる〉、〈試みる〉という4つのプログラムで構成される、鳥の劇場の核となるプログラム。 ※2010年度は〈考える〉を加え5本柱
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協働事業:「鳥の演劇祭」「BeSeTo演劇祭」等、行政や他団体との連携・協働によるプログラム。
- 鳥の劇場における事業活動の他、学校や地域でのアウトリーチ活動や、劇場外での公演、国際交流も含めた地域間交流等の取組みも積極的に行っている。
○施設(スタジオ、劇場)とサービス
- エアコンや電気関係の工事は専門業者に依頼したが、基本的に舞台機構や客席空間も含めて全て手作り。少しずつ手を入れ、演劇空間として進化させている。
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スタジオは元幼稚園の遊戯室。70〜80人規模の上演や、ホワイエに使用。
- 劇場は元小学校の体育館。舞台空間は新国立劇場の小劇場とほぼ同程度(幅約12m×奥行約12m)。天井高が高く使いやすい(12m〜8m)。
客席は約200席。一段一段のピッチが30cmあり、どの客席からも出演者の足下をハッキリ見られる。特にダンスの公演では喜ばれている。
- 「劇場は、人の手の掛かったいいものが体感できる場所でありたい」という考えから、「鳥のカフェ」にて友人でもある「まる達」の美味しいコーヒーと甘いものを提供。質感も演劇的に大切な要素のため、使い捨て容器は用いない。
- DMや接客など顧客対応も重視。劇場もレストラン同様に良い上演をするだけでなく、いかに満足して帰って頂くかが大事。「一流ホテルのような接客」を心がけている。
⇒使われなくなった場所からのスタートのため、基本的にオンボロだと言う認識が皆さんにあり、少しでも良くなると頑張っていると思って頂ける。また、手を加えることで「芸術家のプライベートな空間に来たような雰囲気」が出て、「私たちの空間に来てもらい、お客さんをもてなす」という関係を創れるのが面白い所。
○運営
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2008年1月にNPO法人化(代表理事・中島諒人)
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現在は劇団メンバー13名がフルタイムで活動:俳優8名(スタッフ兼務)、演出家1名、音楽家1名、制作・技術スタッフ3名
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2009年度は、事業と団体の運営に関する経費総額が約6,000万円、うち約40%が人件費
- 収入としては、入場料・参加料、企画運営に対して発生する委託料、サポーターからの寄付金、各種助成金・補助金など。
⇒金銭的には非常に厳しい状況。メンバー15人で平均の給料を400万円程度にしたいという数字的な目標はあるが、単純計算でも400万×15人で6,000万円、事業費を乗せると1億円位の収入が必要になる。しかし、現状の事業助成主流のシステムでは、事業拡大しか手段が無く不可能に近い。単価の引き上げや、事業外の部分(運営費など)に対する助成の可能性も考えているが、そのためにもまずは自分たちが鳥取という地域の中で演劇と劇場の必要性を立証することが必要。
○実績
- 2009年度は、劇場への来場者数のべ8,227人、アウトリーチ等劇場外での活動への参加者のべ2,076人、合計約1万人の方と触れ合った。
⇒年間の活動の積み上げとして考えると大きな数字に思えるが、ドイツ演劇が専門の新野守広さんからは、鳥取市と同程度の人口規模の町にあるドイツの市立劇場では年間の来訪者数が20万人だと伺った。全体の規模は増やしていきたい。
3. 活動内容の紹介(2009年度の活動実績を中心に)
○主催事業
<創るプログラム>鳥の劇場による作品の制作と発表を行うプログラム
・2009年度は新作2本、レパートリー2本を上演
・2009年度の新作
『母アンナの子連れ従軍記』
『肝っ玉おっ母とその子どもたち』(ブレヒト)の谷川道子さんによる新訳を初めて上演。
『およそ七〇年前、鳥取でも戦争があった。戦争を知らないわたしは、その記憶を私の血肉にできるだろうか。』
戦争は歴史的な過去として知っていても、どこかに地続きではない感覚があるのではないか。実際に鳥取で起きた戦いについて私たちは何も知らなかったので、演劇を通じてその怖さや理不尽さ、悲しさに少しでも触れられないかと思い、鳥取県が発行した戦争体験者の手記・鹿野町の方308名の戦歿者名簿・戯曲『戦場のピクニック』(アラバール)を組み合わせた芝居を創った。戦争体験のある方も来場され、アフタートークで発言して下さった。文字化された情報はアーカイブに出来るが、気持ちや記憶は風化してしまう。そういう形のない「記憶」の収蔵庫であることも劇場の重要な役割の一つだと思う。
⇒鳥の劇場は“劇団”であり“劇場”でもあるが、集団創作を行う劇団のエネルギーがあって初めてその場所が生きたものになる。“劇団”であることを重視し「創る」ことに最もエネルギーを割いている。
「創る」時に大事にしているのは、まず劇場が「価値の発見をする場所」で在り続けるために、新たな価値や古びたように見える価値も見直して、「人間にとってこういうものも大事ではないか」と社会に対して提示していくこと。そして、演劇の面ではフィクションを通じて「言葉と身体の可能性」を提示し、演劇そのものの新しい可能性を常に模索すること。劇場はその最先端の研究場所だと思う。
〈いっしょにやるプログラム〉
ワークショップやレクチャーなどを通して演劇や舞台芸術の魅力を体験してもらうプログラム。
戯曲や演劇に関するものが中心だが、鳥取では現代アートの紹介が少ないため、建築や映像など演劇に隣接する分野の紹介も試みている。
〈招くプログラム〉
優れた作品やアーティストを招聘するプログラム。2009年度はベルギーのダンスカンパニーの来日公演や、座・高円寺が企画・制作した作品の招聘、青年団の上演・ワークショップ等、鳥取県外・海外から計7組が劇場を訪れた。
〈試みるプログラム〉
劇場での新しい試みに取り組むプログラム。2009年度はアートマネジメントについて考える連続公開講座と、公募による招聘公演を行った。
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アートマネジメント連続公開講座「劇場が社会とともに在るために」
全9回開催。アートマネジメントの分野で著名な方に加え、企業など異分野の方にも来て頂き、アートマネジメントが持つ「新しい価値の創造」という本来的な機能とその活用の可能性に関するお話を伺った。
- 「鳥取の鳥の劇場で鳥取の観客に作品を見せたい劇団による上演」
私たちの劇場を「志のあるすべての演劇人のために開放した場所」にしたいという思いから、鳥の劇場で上演したい劇団を全国公募した。当初は1週末で2劇団の上演を予定していたが、23劇団から応募があり、2週末で4劇団の上演を行った。宿泊と食事はこちらで負担するが、上演料なし・交通費10万という、儲からない条件にもかかわらず多くの応募があったことは嬉しく、その気持ちに応えられるよう一所懸命やった。今年度は作品上演だけではなく、創る過程の中でコミュニケーションをとり、一緒に創作したものを上演する予定。
○協働事業
代表的なものとして2009年度には「鳥の演劇祭2」と「みんなのための4日間の芸術学校」を鳥取県、鳥取市との協働事業として開催。鳥の劇場は企画からプログラムの進行・運営までを担当。
「鳥の演劇祭」
国内外のカンパニーによる演劇の上演と平行し、さまざまなプログラムを行うことが特徴。
上演により演劇の本質を伝えながらも、演劇好きではない人も巻き込み地域が盛り上がる状況を創り出したいと思い、2008年より企画・開催している。
☆2010年は9月の4週末に開催。
テーマは、「ひとにさわる、まちにさわる、演劇にさわる」
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上演プログラム:国内外の8団体による9本の上演
- シンポジウム・スペシャルトーク・レクチャー
- 子どものためのワークショップ
- とっとり体験プログラム:観光と演劇祭をつなぐ特徴的なプログラム。鳥取の文化や自然、伝統の魅力に出会う事を通じて生身の人間のエネルギーに触れ、演劇的な体験をする企画。
- セレクトショップの開設、最終日のパレードなど新たな取組みも行う。
- 鳥の演劇祭ショーケース
昨年は3団体上演を行ったが、今年は鹿野町内に60〜70名規模の仮設会場を3カ所設け、2日間で11団体が上演を行う。主目的は地方のホールの方々と劇団、ダンスカンパニーとの出会いの場づくり。互いに対等な立場から事業の可能性を探れる場所として、劇団とホール双方にプレゼンテーションの機会も設ける。
⇒海外の演劇祭に行った時、作品を沢山上演しているだけで何だかワクワクした。そのような盛り上がりを創り出したかったが、上演プログラムだけでは経済的に難しい。ショーケースという形で、さまざまな団体が投資として参加するモデルを創れたら互いにメリットがあると考えた。未知数だが、うまく発展すれば日本の演劇祭の新しい可能性が開けると思う。
「みんなのための4日間の芸術学校」
過去4年間の活動で、県内の舞台芸術や美術に関心を持つ人にはある程度触れたという感覚はあり、年間通じて約1万人という実績もあるが、その先が広がりにくいという問題がある。その解決の手立てに、一般の人の「ジャスコ・パチンコ」と言われる週末の過ごし方を変えられないかと試みた企画。多ジャンルのアーティストの方に来て頂き、町中に教室を10カ所設け、舞台芸術・音楽・美術・ビデオといった芸術に触れる授業を1回3時間×2回ずつ行った。地元の新聞に16万5千部チラシを折り込むなど注力したが、4日間の参加者はのべ142人。しかしながら、このような取組みを通じて一般の人の「芸術は自分には関係ない」と思う気持ちを少しずつでも変えていきたい。
4. おわりに
従来型の東京中心の考え方で言えば、「地域」は「いなか」と同義語のように思われる。しかし「創る」、つまり新たな価値を発信する「地域」は「いなか」では無い。地理的な制約を抱える劇場が、その地域の特性に合わせて制作やアウトリーチの方向性を考えていくことは、難しくもあるが可能性を秘めている。鳥の劇場はこの考え方を基本に、鳥取という地域の歴史や現状を踏まえ、「劇場の価値をどう伝えるか?」「演劇に興味のない人にも劇場の必要性をどう感じてもらうか?」ということを日々考え、試みている。
地域に特化した活動を行うと、その地域内で完結するのではないか?と思われがちだが、逆にそのユニークさが注目を集め、地域同士のつながりの元となる可能性が生まれる。既に美術の分野では、地域に個性ある美術館が増えている。日本の劇場シーンにもそのような状況が生まれると、より面白くなるのではないか。