『公共劇場の運営』
Vol.1「世田谷パブリックシアターという公共劇場」
2010年6月30日(水) 19時〜21時
楫屋 一之
(世田谷パブリックシアター劇場部長)
《所 感》
世田谷パブリックシアターは1997年のオープン以降、「公共劇場」の全国的なモデルとして活動すると同時に、「公共劇場とは何か」という問いを追求している。本講座では、その成り立ちにおいて構想された「公共劇場」のビジョンを運営方針と活動内容から検証した上で、「観客創造」という観点から、劇場が担う「人」を育てる機能の可能性についてお話を伺った。「公共劇場」という、重要ではあるが漠然としたテーマが扱われたことから、一方的な講義形式ではなく前後半に質疑の時間が設けられた。質疑内容は記録では割愛しているが、劇場の多い東京における「公共劇場」の必要性や、レパートリーの選定基準、他の公共劇場とのネットワークの可能性など、幅広く問いが投げかけられた。受講者も一緒に「公共劇場」の姿と今後の可能性について議論を通じて考え、「人を創る」劇場の姿を体感する有意義な時間となった。
記録:橋本旦子(学習院大学大学院人文科学研究科身体表象文化学専攻博士前期課程)
「公共劇場」における「観客創造」とは何か。
「公共劇場」「観客創造」、この二つの言葉を巡って、前・後半に分けて述べていく。
【前半:世田谷パブリックシアターの現在とその成り立ちを通じて、公共劇場を考える】
世田谷パブリックシアターは、今から13年前(1997年4月)にオープンした。
公共投資により建設された劇場とプロパーによる運営形態を持ついわゆる創造型の「公共劇場」は、1990年代より相次いでオープンしており、直近では、2011年春に神奈川芸術劇場の開場が控えている。
○「世田谷パブリックシアター」という名称
- ソフトである劇場組織体の通称
現在、世田谷区が設立主体となっている(財)せたがや文化財団は、世田谷文学館、世田谷美術館、世田谷文化生活情報センターの3館で構成されている。そのうち世田谷文化生活情報センターは、生活工房、音楽事業部、劇場部と技術部から成り「世田谷パブリックシアター」と通称される、3つのパートから成り立っている。
→当初、世田谷文化生活情報センターは、劇場とライフデザインを展開する2つのグループから出発した。「生活と文化芸術は一緒になってこそ、今日的な意味を持ってくる」という全体の構想において、地域のコミュニティーセンターとしての多面的機能を創出することを目指し、立ち上げられた。
- ハードである劇場施設の名称
キャパ250人の小劇場「シアタートラム」とともにある、キャパ700人の主劇場「世田谷パブリックシアター」
⇒ハードの名称であると同時に、いわばソフトである劇場組織体を表す際の通称でもある。このことは充分に留意しておいても良いであろう。
○ 現在「世田谷パブリックシアター」の中心となっている活動(事業区分)
- 作品創作、及び鑑賞事業
現代演劇とコンテンポラリーダンスを二本柱に、舞台作品の創造を行う。国内の演劇・舞踊団体だけでなく、国外のカンパニーや劇場と協同し、今日の劇場のあるべき姿を問いかける。
- コミュニティ振興、及び交流事業(地域に向けた上演プログラム)
地元商店街と協同した大道芸主体のイベント(アートタウン)や、区内のアマチュア団体による発表(フリーステージ)など。
- 人材育成・教育普及
学芸チームを中心に、コミュニティ、こどもと学校、調査研究、人材育成の4領域のプログラムを展開。
⇒地域の人たちとの共同作業や、地方の劇場の拠点となる働きを常に展開する活動を行う。
○1997年、初代の佐藤信劇場監督は運営方針となる6つの柱を立て、各々の理念に基づき事業を展開した。
- 劇場監督とアソシエイト・ディレクターによる作品制作
- 海外の舞台芸術の招聘公演
- 国内の現代演劇、現代舞踊との共催・提携公演
- 海外の現代演劇との共同制作公演:サイモン・マクバーニーやジョセフ・ナジなど
- 地域に向けた上演プログラム:学芸中心「地域の物語」地元の方を取材し、物語の作成と上演
- 舞台芸術の教育普及・人材育成事業:学芸チームが展開。学校に出向く、劇場を使用した事業
○2000年代に入り、劇場事業の運営方針が新たに提示された。
また、2002年以降、文化庁芸術拠点形成事業の助成を受け、事業が大幅に拡大する時期を迎える。
- レパートリーの創造
レパートリーとなる作品を創造し、劇場の財産として繰返し上演を行う。
- 海外への舞台芸術の発信と、国際共同制作
単独制作した作品を海外に発信するのではなく、海外の劇場、カンパニーとゼロの段階から一緒に立上げ、創造プロセスと作品を協同して制作する。パッケージの輸出入という定式を飛び越えて、想像力と資本と人材を共有し、新たな作品の創造・発信を探究しながら実現する。
- 地域への発信と人材育成、教育普及活動
地域の学校に対して劇場からアプローチを行い、初等・中等教育のカリキュラムではカバーしきれない領域の中で、演劇的ワークショップを実践する。
劇場においては、学校教育や既存の研修を超えた独自のシステムに依り、制作者・技術者・演出家等、新しい人材の育成を図る。
- 地方公共劇場との連携(ネットワーク推進)
1995年以降、プログラムや雇用、助成金の使途など機能・制度的に類似する形態の劇場が次々にオープンしている。友好的な関係性にある劇場とは、連携事業や(財)地域創造を通じた共同制作なども行っている。然しながら、当初から想定されていたような、公共劇場同士の連携による大きなムーブメントとしての総合的・有機的ネットワークの構築は進捗していない印象がある。劇場法(仮称)制定の動行等を契機として新たな局面を迎え、その方法論を熟考すべき時にある。
○2002年、野村萬斎芸術監督の就任時に打ち出された、活動方針としての3つの要素
- 地域性、同時代性、普遍性
- 伝統演劇と現代演劇の融合
- 総合的な舞台芸術「トータルシアター」を指向する
○地域の拠点としての「世田谷パブリックシアター」
2002年に始まった文化庁の芸術拠点形成事業とも関わるが、世田谷パブリックシアターが、コミュニティーセンターとして機能する劇場という枠を越え、日本における創造型の公共劇場のモデルとして、全国の拠点となる劇場という立場にあることに異論はないであろう。ただし世田谷パブリックシアターは80万人規模の区民の税金を基に設立・運営管理されており、その基本的な機能は客席数600の中劇場、250の小劇場を持つ区民のための施設である。この観点からすると、国立や県立等他の劇場と並列した場合、モデル・拠点としての劇場で在り続けていることに、ある種の限界性が内在しているとも考えられる。世田谷パブリックシアターに比して規模の大きい客席数と予算を持ち、かつ稼働率の高い劇場は他にもあり、世田谷パブリックシアターが創造型の公共劇場のモデルとして在り続ける意義については、これまでの評価意見等を整理・集約しながら考察する必要があるだろう。
【後半:「観客創造」と世田谷パブリックシアターのこれから】
劇場という場で常に課題となる「観客創造」は、古くて新しいテーマである。いかに多くの観客を動員し空席を減らすかという、数的・物的な意味としての「集客」という理解に留まらず、「観客創造」を別の観点から捉えたい。
「観る/観られる」関係性の上で成立する鑑賞システムの反復ではなく、劇場にまだ到達していない、新たな観客となりうる「人」と劇場とをどう切り結ぶか、その為のより新しいシステムを考え出さなくてはならない。
さらに単に観客を集めるのではなく、「上演作品を見ない人でも足を運び、関われるものとして機能する劇場」という新しいモデルを提示しない限り、地域の劇場としては機能不全を起こすことが予測される。
○世田谷パブリックシアターの主な方針として考えられること
- 時代を映す、オリジナリティ豊かな舞台作品の創造
必ずしも今の東京を素材とする必要は無く、普遍的な作品の再解釈や海外の作品でも、社会や同時代を厳しく切り取ったものを作品として提示する。
- 次の世代の舞台芸術を担う人材の育成と、アウトリーチの強化
今後の公共劇場の在り方として、教育普及や人材育成の部分がさらに重要性を増すであろう。鑑賞事業と教育普及や人材育成はストレートにリンクしているとは、一概には言い難いが、切り離すことの出来ないプログラムとして成り立っている現況があり、今後より多彩な展開をして行くと考えられる。
アウトリーチの面では、小・中学校教育で取りこぼされている、身体的なコミュニケーションを機能させるような普及事業を行っていく。
- 新たな観客の創造と、多様な価格と鑑賞機会の設定を立上げる
価格の設定では、さまざまな観客層に対する多面的なアプローチを基に、各種の仕掛を創り出す。また、鑑賞機会の設定では、どのような機会があれば劇場に足を運んでもらい、今までにない観方を提供出来るのかを考える。周辺的な要素にも充分に考慮することで、新たな観客との関係を見出す。
- 作品創造、人材交流による、国内外のコミュニケーションの深化
⇒これらのテーマ設定を変容させながら、劇場を社会に向かって機動させて行く。シンボルとしてのハードと、それを通じた人的な交感に工夫を巡らせて、さらに多様な仕掛けを創り続けなければならない。
○「人を創造する」劇場へ (まとめ)
劇場は、作品を創造し不特定多数の人に提供し(鑑賞を通し)、新たな関係性を取り結ぶ場である。
劇場が持つ多様なシステム、それらに携わる人々が各々に持つ考え方・技術・技能を媒体とし、相互の刺激から場に変化が生まれ、目に見える形での作品が立ち上る。
作品創造とその鑑賞の場という枠組みから視点を移し、「人を創造する」場として交流と協調を重ねるよう、劇場の機能を捉え直す。
創造とは、必ずしも作品を創り出すことを意味するものではなく、「人材の発掘と育成」を通して人を創ることを目指すものと捉えたい。この様な志向性が、公共劇場の在り方として面的な広がりを持つようになれば、創造型の公共劇場の新たな発展の形が見出されるのではないだろうか。