『公共劇場の運営 ―世田谷パブリックシアターを事例に―』
Vol.4「財政状況と評価(2)」
2010年5月19日(水) 19時〜21時
矢作 勝義
(世田谷パブリックシアター劇場部)
《所 感》
日本の文化政策に対する生産的な理論的批判はいまだ十分にはなされていない。外貨収入源を目的の端緒として勧められた文化政策の美術偏重や国立大学の演劇科の不在は指摘に止まっており、そうした現象への具体的な抵抗は見られなかった。助成金の歴史はいわばそのような無言の批判の中で行われた、国家がいかに支援という形で芸術を言語化してきたかという証明である。助成金を得た団体の説明責任については前講座においても、言語化の必要性が確認された。しかし、出す側の公的機関においても、助成金を使う側や芸術自体を享受する市民と対話を重ねながら、「なぜ税金を使うのか」を表明し続けることが重要である。官/民という区別ではなく、人類を包む公という領域の中で、同じ目線で共有しうる芸術的財産とは何かを話し合う必要があると考えられる。
本講座は公共劇場の運営資金と助成金の歴史を考察する意義深いものであった。公共劇場運営をいかに評価するかは、財政状況の把握と舞台芸術の批評言語の獲得が重要であるという認識を深める契機となった。
記録:塩田典子(早稲田大学大学院文学研究科芸術学演劇映像専攻修士課程修了)
1. ファンドレイズ
公共劇場の運営資金のうち主要な外部資金は、民間企業の協賛金と公共団体による助成金の2種類存在する。
・民間協賛
1980年代以降、企業によるメセナ活動がさかんに行われるようになった。企業が舞台芸術を支援する意義は、広報宣伝やリクルートである。1985〜1990年のバブル期は特に、企業に膨大な広告宣伝費が存在した。夢の遊眠社が三菱やJRから協賛金を受けて、日本青年館や代々木体育館でストーンヘンジ三部作公演を行ったことは、象徴的な出来事である。
世田谷パブリックシアターは、アサヒビール、トヨタ、資生堂、東邦薬品、東レ、Bloombergからの支援を受けている。Bloombergからは、スピーカーからの音声が聞き取りにくい人に利用してもらうイヤホンによる音声ガイド130機を物的支援として提供を受けるなど観劇のハードルを下げる事業にたいして支援を受けている。
・公的支援
国、地方自治体、公的団体の3種類の支援がある。公的支援を受けるには観光政策、町おこし、教育普及事業など、さまざまな施策と関連させることが可能である。文化庁だった管轄が翌年は文科省になるなど年度によって支援母体が変更する場合があるが、全体としての支援規模は変わらないことが多い。
地方自治体による支援は、公共劇場ではなく民間の劇団を対象にするものがある。東京都、横浜市、板橋区など自治体の規模は様々である。特徴としては過去の実績よりも、企画が地元に固有の性質を持っていることが重視されるなど、地域の発展が期待されるものや事業規模の小さいものに助成される傾向がある。このため、経験の浅い劇団に機会が開かれていると言える。
公的支援団体には、芸術文化振興基金、地域創造、国際交流基金、日本万博基金、セゾン文化財団、私的録音保証金管理協会、日本財団などがある。公共劇場は、これらの支援団体の中で自分たちにあてはまるものを日々探しているのである。
2. 助成金の歴史
1945年の終戦後すぐに文化省社会教育局に文化課・芸術課が設置される。1968年の文化庁の設置を契機に1970年代以降、芸術文化支援目的の財団が設立され始める。1975年以降、イベントブームが起こり、企業協賛による冠コンサートが始動する。高度経済成長、オイルショックを経験した後、1980年に「文化の時代」、「田園都市国家の構想」等、大平総理政策研究会報告書が刊行される。80年代以降地域レベルでの文化振興が活発化し始め、演劇では富山県利賀村での第一回世界演劇祭開催がその後の舞台芸術に大きな影響を与えた。また、各地方自治体で文化振興条例が制定され始め、連携して文化振興財団設立が相次ぐようになる。企業財団では、1987年のセゾン文化財団、1989年のアサヒビール芸術文化財団が設立される。文化政策は90年代以降活発化し、1994年財団法人地域創造設立、1996年文化庁「アーツプラン21」、1998年「文化振興マスタープラン」の制定という形で整備され始めた。2001年には文部科学省が発足し、「文化芸術振興基本法」が公布、施行されたことから2002年「文化芸術創造プラン(新世紀アーツプラン)」が開始され、公共劇場だけでなく駒場アゴラ劇場などの民間劇場が助成対象となるなど拠点形成事業は進展を見せた。2006年には、財団法人関西芸術文化協会が不正受給を行ったことが発覚し文化庁は損害賠償請求を行ったことで、より支援先の説明責任を求める気運が高まった。2009年、事業仕分けが開始され3年間2011年度まで継続予だった芸術拠点形成事業の助成が2010年度末の2年で打ち切られることが決まっている。
3. 文化庁の動向
芸術活動の金銭的支援を得るためには、文化庁の動向を把握する必要がある。文化庁HPでは文化審議会の議事録なども実施から短期間のうちに公開されており今まさに行われている予算要求の中身を知ることができるため、制作者の情報収集に有効である。拠点形成を行う文科省と団体助成を行う芸術文化振興基金との役割分担、道州制導入との関連など、助成を受けるためには自分たちに見合った助成母体はどこかを見極める必要がある。芸団協などが推進する劇場法(仮称)は、公益法人法改革とも密接な関わりあいがある。劇場が文化庁と劇団の間に入ることで、劇団が助成金申請にまつわる作業を一本化でき、作業負担を押さえられるという利点があるように思われる。このため、劇場は社会における助成に関する説明責任、財政上の透明性を担うより明確な役割を果たすことが期待されるようになるのではないだろうか。
4. 助成金を使うに当って考慮すべき点
助成金とは税金であり、目的の明確化や説明責任を強く求められている。公益法人法改革もありより強く、使う側の理念の言語化が求められているのである。