講座の内容記録 2010

劇場運営
『公共劇場の運営 ―世田谷パブリックシアターを事例に―』
Vol.3「財政状況と評価(1)」
 
2010年5月14日(金) 19時〜21時
矢作 勝義
(世田谷パブリックシアター劇場部)

《所 感》

税金とは、生産者である市民が所得から国家に支払うものである。税金に基づいて運営されている公共劇場にとって、折からの事業仕分けを契機に、活動の成果や存在の必要性のより明確な言語化は急務である。本講座では世田谷パブリックシアターが先駆的に行ってきた教育普及事業を紹介し、劇場の財政状況を解説するものであった。

開館5年目となる2001年、『PT』誌上にてニッセイ基礎研究所による第三者評価を公開した世田谷パブリックシアターは今後、新たな評価軸をいかに打ち立てるのか。市場経済論理だけではない価値を提供しうる公共劇場において、そうした批評的まなざしと財政状況の把握は必要不可欠である。
記録:塩田典子(早稲田大学大学院文学研究科芸術学演劇映像専攻修士課程修了)
1. 教育普及事業
世田谷パブリックシアターは1997年の開館当初から、20事業のワークショップ、レクチャーを実施するなど積極的に活動してきた。1986年に開館した世田谷美術館ではWSを多く実施しており、世田谷には教育普及に熱心に取り組む素地があった。
<特徴>
  • 学芸係の設置と学芸専門スタッフの配置
  • 舞台芸術のクリティック
  • ロイヤルナショナルシアターのワークショップ
  • 技術者ワークショップの開催による人材育成
  • パブリックシアターのためのアーツマネジメント講座
劇場全体の事業を補佐する学芸係には、初年度4,5人が配置されている。「舞台芸術のクリティック」劇評講座は開館以来14年続いており、受講者が舞台芸術のレビューを掲載するHP「ワンダーランド」の立ち上げに関わるなどの人材を排出している。ロイヤルナショナルシアターのWSでは、1997年にはいまだ十分に浸透していなかったWSという手法を元に初年度行われたプロの俳優向けのものからWSリーダー育成へと内容を転換し、その後世田谷区立小学校での子供向けWS公演にも発展した。劇場から学校へと出かけていくWSは前例がないため、なかなか活動が軌道に乗らなかった。しかし、活動を続けるうちに担当の先生や校長先生の口コミの効果があったためか、学校からの申し込みが増加するようになった。小中学校向けのWSは、福岡市、にWSのファシリテーターを派遣し、地元でのファシリテーター育成事業を行い、数年後からはそれぞれの地元の人材で活動を行えるようにするなど、広がりを見せている。技術者WSは、公式の技術資格、基準がない舞台技術者分野において、人材育成の役割を担った。

2007年から開始したパブリックシアターのためのアーツマネジメント研修では、劇場を運営する理念、マインドとは何かを重要視しており、修了生は公共劇場や各地の文化振興財団などで働いている。
2. 入場者数実績、参加者数実績
劇場入場者は1997年初年度13万人であり、『ハムレット』、『エレファントバニッシュ』を上演した2003年度に17万人を数えた。翌2004年度『子午線の祀り』上演で過去最多の19万人を突破し、その後は17万人前後の入場者数となっている。

講座、WS参加者数は、初年度1395人から年々増加しており、現在は学校でのWS、古典芸能鑑賞教室を含め、全体で2万人を越えている。
3. 財政状況
1)財団予算
4月〜3月までを一期とする単年度会計である。
・予算スケジュール
7〜8月に財団内で予算案を取りまとめ、この段階で財団の上層部から前年度比率についての指示がある。予算案は、世田谷区担当課(生活文化部・文化国際課)へ提出され、区の部内で年末まで折衝を重ねる。さらに折衝を重ねた予算案は概ね2月に内定する。2〜3月の理事会で次年度予算が承認され、3月の議会で世田谷区予算承認を受け、4月から執行される。5月の理事会で前年度決算が承認される。
・劇場スケジュール
世田谷パブリックシアターは、貸館申込み方法について条例で規定されている。14ヶ月〜16ヶ月前に、3ヶ月毎に申込みを受付けている。

【例】2011年8月〜10月の貸館申込みは、2010年6月1日〜10日に受付を行う。

例示した期間の貸館を募集するには、その前段階、3月頃には世田谷パブリックシアター2011年度の主催・提携公演事業スケジュールの大枠を決定し、年度全体の方向性を組み立てている。同時に、3月頃にキャスティングも含めた準備を進め、予算を編成している。

これらのスケジュールを可能にするためには、2010年当初から2012年度の検討を進めている。大型の公演だと、スケジュールの確定を早めに行う必要がある。この時期に世田谷で公演を打ちたいという劇場を先に考える場合と、この作品を世田谷で上演したいという作品ありきの場合があり、劇場か作品かという駆け引きがいつもある。
2)収入
2009年度までの収入内訳
  • 基本財産運用収入
    →ほとんどない。
  • 事業収入
    →チケット、WS事業による収入。
  • 受託事業収入
    →古典鑑賞教室など、区が目的を指定した事業費で使い道が限定されているもの。
  • 補助金収入
    →区からの補助金であり、建物に維持管理、維持管理に必要な人件費、事業費。
  • 助成金・負担金収入
    →文化庁、芸術文化振興基金、地域創造など、公共、民間からの助成金収入。
  • 寄付金収入
  • 雑収入
大きな特徴としては、チケット収入の大幅な増加があげられる。1997年度は、世田谷区からの補助金である財団事業費が40%、チケット収入が21%だったが、2007年度財団事業費27%、チケット収入41%、2008年度財団事業費22%、チケット収入40%となっている。
3)支出
2009年度までの支出内訳
・事業費
  • 事業人件費
  • 文化芸術振興事業費① →主催公演など
  • 地域文化創造事業費② →フリーステージ、区民向けの事業など
  • 市民活動支援事業費③
  • 国際交流事業費 →国際共同製作、海外招聘の作品
  • 受託事業運営費④ →区からの指示による事業
  • 施設維持管理運営費 →最も大きな割合であり、事業費の半分以上を占める
・管理費
  • 管理人件費
  • 管理運営費
・その他(予備費など)
①〜④は世田谷文化生活情報センターが寄附行為として掲げた事業である。

公益財団法人改革後の新しい支出の枠組みは、公演やワークショップなどの利益目的でない【1】公益目的事業会計、DVDなどのグッズ販売の利益目的である【2】収益事業等会計、【3】法人会計の3つに分れる。
4)助成金
世田谷パブリックシアターは1998年に始められた文化振興マスタープラン「文化のまちづくり事業」で公的助成を受ける。その際、地域の商店街や地域の文化団体と実行委員会を結成した。

2002年「拠点形成事業」のプレ募集が開始され、世田谷は「文化のまちづくり」からこちらに助成元を移行する。現在は3期目の助成を受けているが、事業仕分けによって3年の助成を2年で打ち切られることとなる。

民間企業の協賛は、キリンビールが舞台芸術への支援を打切り、スポーツに絞るとの意向を発表や、その他の企業も助成金額の減少、打切りの傾向を見せた。
5)制作部事業
・収入内訳
2003〜2008年の年度別の収入内訳として、公演事業については区補助金が15〜26%、チケット収入が48〜58%である。反対に、教育普及事業ではチケット収入がない分、区補助金の割合が高いことが特徴である。
シアタートラム(『エンドゲーム』『鵺/NUE』『友達』『奇ッ怪』の4公演)
・公演別収入内訳
シアタートラムはパブリックシアターに比べると座席数が少ないため、チケット収入の比率は低下する。公演収入として1/3助成を行う国等助成金が、公演によって%が変化しているのは、観客動員数の格差のためである。
・公演別支出内訳
出演料の22%(『エンドゲーム』)から33%(『奇ッ怪』)差は、出演者数が違うためである。『奇ッ怪』の舞台費が27%と低いのは、舞台装置などの製作方法を工夫して経費削減が可能となったためである。