今回、代表作である2017年制作の『エノーマスルーム』で初来日公演を果たす英国のストップギャップダンスカンパニー。インクルーシヴダンスを提唱し、新しいダンスの可能性を追い求めている世界のダンス界で注目のカンパニーだ。

©Chris Parkes
まず、日本ではあまり聞きなれないこの「インクルーシヴダンス」というのはどういったものなのだろうか。エクスクルーシヴ(排除)に対してインクルーシヴとは、全ての人に門戸が開かれたオープンなものであるという意味。つまり、従来主流とされた障害者のみが出演するカンパニーとも違い、障害者だけでなく、健常者も一緒に参加して一人一人の身体的個性を活かした作品作りをするダンス創作のことを指す。
95年にヴィキ・バラームによって地域のコミュニティダンスプロジェクトとして発足したストップギャップ。一貫して、インクルーシヴをカンパニーの理念に掲げ、次第にプロのカンパニーへと発展を遂げてきた。その過程で現在の芸術監督であるルーシー・ベネットが03年に加入。彼女の振り付けによるオリジナル作品を発表しカンパニーの独創性を前面に打ち出すことで頭角を現し、アーツカウンシルからプロジェクトベースではない、長期的・継続的な助成金を受ける英国を代表するインクルーシヴダンスカンパニーへと成長し、今では国内外のツアーを精力的に行なっている。
普段は英国南部、ロンドンから電車で小一時間のファーナムいう町で活動をしているストップギャップ。英国在住の日本人エクゼクティブプロデューサー柴田翔平さんがTPAMを訪れた際に出会った世田谷パブリッックシアターのプロデューサーら日本の劇場関係者が彼らの活動に共感したことで、この公演が実現したとのことだ。
1月、訪れたロンドンで当の柴田さんに話を聞くことが出来た。
幼少期から英国に移り住み、大学卒業後は英国アーツカウンシルに勤めたという経歴をもつ彼は、母親が社会福祉関連の仕事をしていたこともあり、早くから障害者アート、社会における差別について関心があったと話す。
「90年代以降、英国政府はダイバーシティ(多様性)、ソーシャルジャスティス(社会的平等)にとても力を入れています。もちろん、それは文化政策にも通用することで、例えば、ダイバーシティを実践していない団体はアーツカウンシルから助成金を受けるのが難しいのが現状です。そのような英国ですが、僕としてはまだまだ障害者アートの環境は十分とは言えない、と感じています。」
折しも2012年、ロンドンでパラリンピックが開催され、その開会式で『エノーマスルーム』でも主役を務める両足の無いダンサー、デーヴィッド・トゥールがソロダンスを披露。彼と、その他障害を持ったパフォーマー達のパフォーマンスが多くの国民を魅了したことで障害者アートに対する英国民の認識が一気に高まったのは喜ばしいことだが、取り組むべきことはまだまだある、と彼は言う。
ストップギャップの障害を持つダンサー達に関して言うと、彼らは幼い頃にバレエやダンスの学校には入れてもらえず、みんな自らでプロへの道を切り開かなければならなかったと話す。健常者にはダンスに専念できる道、手厚い環境が多くあるのに、障害者にはそれがないのはおかしいのでは、と柴田さんは言う。
「バレエは例外として、コンテンポラリーダンスは本来、どんな身体でも学べるものなのです。それにも関わらず、彼らの学ぶ機会を制限しているところが大半です。なので、ストップギャップでは両者に当てはまる育成プログラムを実践しています。今ではその中からプロのダンサーも出てきています。ですので、僕たちの中だけでなく、他の場所や学校でもその方法を使って障害者ダンサーの育成をしてもらいたいと思い、日々働きかけをしています。」
ストップギャップでは地域コミュニティのダンスプログラムとしての誰もが参加可能なプログラムから始まり、若者対象の週1回程度のレッスンを開催している。その後、希望者の中から何人かが選ばれ、さらにプロになるための3年間のトレーニングコース(Sg2)を経て、最終的にカンパニーのオーディションに受かったダンサーたちをプロとして受け入れているのだ。今回の『エノーマスルーム』のダンサー、ハンナ・サンプソンとナデン・ポアンもこの過程を経て晴れて団員となったダンサーだ。
「本来の理想である平等社会を舞台でみせるためには障害者だけが素晴らしく見えても意味がないと思っています。障害のある、なしに関わらず両者が同じステージにいて、彼らが同じようにプロのダンサーとして輝いていることが重要なのです。」

©Chris Parkes
作品の芸術面をリードする芸術監督ベネットはピナ・バウシュなどに代表されるダンスシアター系統のダンスを得意としている振付家だ。今回の『エノーマスルーム』のクリエーションに際して彼女とメンバーが「人種や障害のあるなしに関係ないところでみんなが経験することは何だろう、と考えました。そして“死” 、さらに誰かが死んだあとに残された人がどのように立ち直るかというのは誰にでも起き得ることなので、それをテーマとして取り入れようということになったのです」と柴田さんが作品の経緯を教えてくれた。
「そのような大きなテーマに取り組めば、観ている観客にとっても障害の有無というのがあまり気にならないのでは、という狙いもありました。」
結果的にその狙いが当たり、観客は障害の有無ということよりも彼らが演じて(踊って)いた父娘のストーリーの方により惹きつけられていたようだと話す。
『エノーマスルーム』の創作の中で特に意識したのは“死”が様々な違った文化の中でどう扱われているのかということで、リサーチを進める中、柴田さんは日本の一周忌の概念を説明したと話す。他にもカンボジア人ダンサーのポアンが自国の死生観を、また英国人メンバーが階級によって異なる死の捉え方を、知的障害者のサンプソンは自身に起きた身内の死について彼女なりの考えを述べた。その他に外部のゲストを呼んだワークショップを重ねて、リサーチに2年半の時間を費やしたのだそうだ。
その結果、死後1年間、喪に服すと言う日本の慣習が作品に取り入れられ、妻を亡くした男デイヴ(デーヴィッド・トゥール)とその娘サム(ハンナ・サンプソン)が彼らのそばにまだ浮遊している妻の魂を想い、その幻想を見るというストーリーが出来上がったのだと言う。
「様々な観点から“死”に向き合い、まさにダイバーシティそのものといった作品となりました。その分、細いところまで気を使って作り上げた作品です。」
そうして作り上げた作品が世界的にも評判となり、自信がついたこともあり、カンパニーとしてはこれからも誰もが抱えている問題、苦悩、社会的な意識を含んだものをテーマにした、ストーリー性のある作品作りに取り組んでいきたいと語ってくれた。
カンパニーの全体方針としてはストップギャップの活躍が一時の特殊なケースとして終わらないよう、ヨーロッパさらには日本でもインクルーシヴダンスという表現方法があることを、その実践方法を伝授するワークショップを含め広めていきたいと言う。今回、その活動の一環として日本でも神奈川、東京、北九州と公演の開催ごとに「インクルーシブダンスワークショップ」の開催を予定している。
『エノーマスルーム』は父と娘の心を打つ悲劇なので、そのようなヒューマンストーリーが好きな映画や演劇ファンにも十分楽しんでもらえると思います。もちろん障害者アートに興味がある人たちにも来てもらいたいです。色々な人が様々な観点から楽しめる作品だと思っていますので、ぜひ劇場に足を運んでみてください。」
日本でもこれからますます注目されてくるであろう、インクルーシヴダンスの第一人者、ストップギャップダンスカンパニーのステージがもうすぐ世田谷パブリックシアターヘやって来る。どうぞお見逃しなく。
[取材・文 田中伸子]
柴田 翔平
幼少期よりテレビや映画、舞台などに出演。1995年より渡英し、2005年ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス卒業後、アーツカウンシル・イングランド(サウス・イースト)に勤務し、2008年よりストップギャップ ダンスカンパニーに参加。ツアーマネージメント、アウトリーチ事業の他、さまざまなダンスプロジェクトを手掛ける。2009年より、ストップギャップの野外プロダクションの製作をスタートさせ、2012年にはロンドンオリンピック・パラリンピックのための文化プログラムへと発展、大成功を収めた。カンパニーのフルタイム シニア・マネージャーを経て、現在はエグゼクティブ・プロデューサーを務める。
ストップギャップ ダンスカンパニー『エノーマスルーム』
日程:3/8(金) ~ 3/9(土)
会場:世田谷パブリックシアター
アーティスティックディレクション:ルーシー・ベネット
出演:デーヴィッド・トゥール ハンナ・サンプソン ナデン・ポアン ほか
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