来年の開場20周年を見据えて

撮影:細野晋司

芸術監督・野村萬斎  撮影:細野晋司

多様性を大切にするラインアップ

今年は私が2002年に芸術監督に就任してから15年目のシーズンですが、演目のラインアップを眺めると「世田谷パブリックシアターらしいカラー」が鮮明に浮かびます。そのカラーは劇場にいろいろな観客が集い交流する多様性につながるものです。コンテンポラリー・アート(現代芸術)の「とんがった」先進性も、古典や伝統芸能に流れる時代を超えた力も味わえる作品を、皆さんに楽しんでいただきたい。もちろん、どういうスタイルの作品であっても、質の高さを重んじる姿勢は変わりません。

世界中で人々を危機にさらす対立が深まる今、さまざまな視点をもたらすアートは、偏見や差別にとらわれない心を養うためにも役立つはず。私たちの劇場では名高い芸術家の傑作も、若い人の斬新な表現も等価です。また、地域の人々の表現に対する支援や、演劇を通した教育にも力を注ぎます。

パフォーミング・アーツを「使い捨ての紙コップ」みたいに扱ってはもったいない。作品を「愛用するひとつの器」として丹念に磨きあげる習慣を守りたいですね。長く財産になる作品づくりが、最終的に社会に還元する結果になる。社会とつながる作品創造が公共劇場の使命ですから、古典化にも耐えうる質を目指したいものです。

来年、20周年を迎える世田谷パブリックシアターには、ふたつの劇場があります。ひとつは約600席の主劇場、世田谷パブリックシアター。もうひとつが約200席の小劇場、シアタートラム。私は両方の劇場で自ら構成・演出した『マクベス』(初演2010年)を上演し、それぞれに他の劇場にはない良さを発見しました。天井が高くて奥行きのある主劇場では、縦長の形を生かす工夫を凝らせる。トラムには俳優の息遣いが伝わるほど親密な距離で演じる、緊張と喜びがある。若手から百戦錬磨のベテランの方々まで、「世田谷パブリックシアター、シアタートラムでぜひ上演したい!」と望むクリエイターは多くいらっしゃいます。独特の構造は、空間感覚の鋭い人にとって作りがいがあるのではないでしょうか。

気鋭の演劇人が登場し、多彩な交流を生む劇場

16年度シーズンには、四演目となる『マクベス』、またフィリップ・リドリーと白井晃さんという当劇場で親しまれている顔合わせによる新作が登場します。夏休みには、親子で楽しめる「せたがやこどもプロジェクト」を開催。そしてオリジナルから翻訳劇まで手掛ける劇団ナイロン100℃主宰のケラリーノ・サンドロヴィッチさんが、当劇場の主催公演に初登場です。

さらに2009年にトラムで、その2年後に主劇場で『奇ッ怪』シリーズを作・演出した前川知大さんが世田谷パブリックシアターで新作を披露します。また公共劇場には芸術家を育てる使命もある。気鋭の演劇人の実験精神あふれるステージは、観客の感受性を磨くチャンスともいえます。私が企画・監修する「現代能楽集」シリーズに過去2度ご登場いただいた倉持裕さんの最新作も楽しみです。

当劇場で「おなじみ」の海外アーティストも招聘します。ベルギーのダンス・カンパニーであるピーピング・トムなどの、刺激的な作品を世界の人と共有していただければと思います。そしてフランス語圏の劇作家、ワジディ・ムワワド作、上村聡史さん演出で、2014年に初演し各演劇賞を受賞した『炎 アンサンディ』の再演。このように、それぞれ予測不可能なバラエティに富んだラインアップを今年度もお届けします。

(ラインアップ詳細はこちらを参照)

レパートリーを創造し進化・深化させた『マクベス』

公共劇場は、長いスパンで未来に向けた「投資」を試みることが可能です。長い間、各地で愛されるレパートリーは劇場の財産になるし、異なる地域をつなぐ文化の懸け橋としての貢献もできます。そういう作品を生み出して、進化・深化させていくことが地域に住む方々の誇りにもなる。「世田谷に暮らして良かった!」と思っていただけるような作品を目指したいですね。

「チーム世田谷」の力で国境を超え海外を巡った『マクベス』は、マクベス夫妻と3人の魔女という5人だけの役者で演じる「引き算の演劇」。上演を重ねツアーを行うたびに、洗練されました。その一つの証といえるのは、海外公演に応じて考え出した舞台美術です。

初演の間に森羅万象と登場人物の関係が把握できたので、初演の美術である天球の形から更に大胆に省略しても良いのかなと考えていました。運ぶ際に負担にならず、文化も社会も違う観客とコミュニケートしやすいものは何か? 自問するうち、風呂敷のように折りたためる布が閃いた。数枚の布に、狂言の衣裳に何百年も使われてきたモチーフをあしらいました。

波と千鳥の模様を染めた布を裏返すと、蜘蛛の巣にかかった蝶や蝉が現れる。一瞬にして晴れやかな柄からまがまがしい図にひっくり返る変化は、ドラマの鍵となる魔女の呪文「きれいは汚い、汚いはきれい」を象徴します。二面性を秘めた布で覆う箱型の枠は、能で使う一畳台に車輪をつけたシンプルな装置。魔女が押すワゴン状の台に乗ってマクベス夫人の遺骸が運ばれるとき、マクベスがつぶやく。

「人生は歩く影法師、哀れな役者だ」

『マクベス』には「奢れるものは久しからず」という『平家物語』の諸行無常に通じる無常観が流れる、という解釈のもと、夫人の退場場面では紅葉が舞い散り冬の到来を告げます。

「日本人のアイデンティティ」が世界を魅了

この夏、四演目となる舞台では夫人役に鈴木砂羽さんを迎え、和楽器の生演奏を聞かせます。初演から成長を続けた舞台から、視聴覚ともに進化と深化を遂げたことを感じていただけますように。この『マクベス』は四百年あまり前にイギリスで書かれたシェイクスピア戯曲に、「日本人のアイデンティティ」を重ねて構築した現代演劇です。

「日本人のアイデンティティ」という言葉は、少しむずかしいかもしれません。分かりやすく説明するために、フィギュア・スケーターの羽生結弦さんが世界最高得点を更新した『SEIMEI』を例にとりましょうか……。滝田洋二郎監督『陰陽師』『陰陽師Ⅱ』(夢枕獏原作、2001年、2003年公開)で、私は平安時代に生きた安部清明を演じました。この映画に触発された羽生さんは狩衣風の衣裳をつけ、和楽器を用いた映画のテーマ曲をアレンジした音楽に合う振付で滑りました。

昨年、彼と能楽堂で対談したとき、印を結んだり天地人を表す仕草の深い意味を伝えました。ユネスコの無形文化遺産に認定された能楽の、優雅で力強い動きを支える知恵の集積が「日本人のアイデンティティ」。無や静も含む和の伝統を、洋で生まれた競技に生かし、国境を超えて賞賛された成果は素晴らしいですよ。

来年の開場20周年を見据えながら、今後達成したいのは、自分の演出で世田谷のカラーを明示できる、和洋トータルシアターとしての「とんがりかた」を示す新作です。古典的なものをアヴァンギャルドに使う手法は、私の真骨頂(笑)。昨シーズンに再演した『敦―山月記・名人伝―』(原作・中島敦、構成・演出:野村萬斎)では真鍋大度さんプログラミングによる映像効果にチャレンジしました。狂言の型と最新テクノロジーの融合を、開場20周年に披露するレパートリーにも取り入れたい。

ゆくゆくは、世田谷パブリックシアターで育てた作品を、日本中の公共劇場で共有できるシステムを作っていきたい、と願っています。地域の状況に応じて進化・深化した作品が、やがて各国の特徴を反映しながら繰り返し演じられ、変奏や翻案を経て古典に発展していく――。世界中で愛されるレパートリーを目指す思いは、ゆるぎません。

 

2016年度ラインアップ・リーフレットPDF

 

野村 萬斎 のむら まんさい

1966年、東京都生まれ。狂言師。人間国宝・野村万作の長男。重要無形文化財総合指定者。2002年より世田谷パブリックシアター芸術監督を務める。国内外の能・狂言公演や舞台・映画出演はもとより、世田谷パブリックシアターでは『まちがいの狂言』など狂言の技法を駆使した舞台や、『国盗人』など古典芸能と現代劇の融合を図った舞台を次々と手掛ける。芸術監督就任後初の構成・演出作『敦 ―山月記・名人伝―』では朝日舞台芸術賞、紀伊國屋演劇賞を受賞。構成・演出・主演を務めた『マクベス』は全国各地で上演を重ねるほか、海外公演(ソウル、ニューヨーク、シビウ、パリ)も果たした。