芸術監督・野村萬斎  撮影:渞忠之

芸術監督・野村萬斎  撮影:渞忠之

芸術監督 野村萬斎(のむらまんさい)
狂言師。2002年より世田谷パブリックシアター芸術監督。『まちがいの狂言』など狂言の技法を駆使した舞台や、『国盗人』など古典芸能と現代劇の融合を図った舞台を次々と手がけるほか、『マクベス』では全国各地、海外公演も果たした。自らの構成・演出作『敦─山月記・名人伝─』では朝日舞台芸術賞、紀伊國屋演劇賞を受賞。新演出を手がけた20周年記念公演『子午線の祀り』では読売演劇大賞 最優秀作品賞、毎日芸術賞 千田是也賞を受賞。

パブリックシアターの これまでとこれから、 そして今。

2018年度ラインアップリーフレット掲載の世田谷パブリックシアター館長 永井多惠子×世田谷パブリックシアター芸術監督 野村萬斎による対談をお届けいたします。

チャレンジングな作品が並んだ開場20周年

永井│開場20周年の2017年度シーズンも、多彩な演目が繰り広げられ、20年の結実というのでしょうか、その成果をお客様に提示できました。萬斎さんの狂言のスタイルを加味した『子午線の祀り』をはじめ、国際交流発信の『ペール・ギュント』、次世代の育成という意味で若手の小山ゆうなさん演出のチック、あと森新太郎さん演出の『管理人』は同時代性を意識した舞台で、いまの社会的な問題を喚起した作品が多かったと思います。これまで世田谷パブリックシアターが標榜してきたコンセプトをそろえることができたシーズンでしたね。

萬斎│そうですね、いまちょうど稽古している、こまつ座との共同制作で栗山民也さん演出の『シャンハイムーン』と、ワジディ・ムワワド作、上村聡史さん演出のシリーズ作となる『岸 リトラル』も含めて(*対談は1月下旬)、20年間積み上げてきたスタイルというものが確立されてきたし、その積み重ねと厚みが感じられる1年で、20年間の成果がいろいろな形で評価されたのはとてもよかったなと思っております。

永井│特に萬斎さんの力コブが入った『子午線の祀り』はこれまで繰り返し上演されてきて、萬斎さんも出演したことのある作品ですが、昨年、萬斎さんの新しい演出で再構築したということで、レパートリーの蓄積にもつながったと思います。

萬斎│過去の上演戯曲をあらためて上演するというのは、いままでの価値観を新たにするということです。先人が積み重ねてきたものをアップデートするというか、現代性を獲得するために、いったん価値観を壊すこと、そこから再構築する作業に取り組みましたね。

永井│同じことが、勅使川原三郎さんのダンス『ABSOLUTE ZERO 絶対零度2017』にも言えます。開場当初「演劇とダンスの劇場でありたい」とスタートしたわけですが、オープニング・シリーズとして創作したものを改作した『絶対零度』はダンス好きの方だけではなく、幅広く多くの方がご覧になり、嬉しかったですね。

萬斎│勅使川原さんはじめ、開場当初からの方も現役で活躍されていらっしゃるし、一方で新しい芽もあり、フィジカリティが強い作品、文学的で骨太の作品もあり、非常にバリエーションに富んでいます。私自身が「とんがった劇場」を標榜してきたつもりですが、まさしくとんがったラインアップになったなぁと感じますし、刺激的な作品を、刺激的なアーティストによって取り上げてきた。それを続けてきたからこそ、単にとんがっているだけではない奥深さも出て、そこがこの劇場のひとつのカラーだといっていい。

分からなくても感じることはできる 心を豊かにする劇場での出会い

萬斎│これからのことでいうと、お客様にどう劇場に来ていただくか。どう新しく開拓し、劇場にわざわざ足を運んでいただけるかが、課題じゃないでしょうか。劇場は何をしに来るところなのか、改めて考えないといけない。

永井│この劇場には「友の会」というのがあり、その中高年の男性会員の方で演目によっては2回3回と観る方がいるんですよ、それもかなり難しい作品を。でも観ているうちに観る目が育ってきているんですね。観客育成って簡単じゃなくて、観ることによって育つのね。

萬斎│かつては演劇鑑賞団体が観る習慣を組織でつくっていたのが主流だったのが、今は観るも観ないも個人次第という傾向が強まり、本当に自らが選択するというふうになってきていますよね。いまの永井さんの発言のように観る目も観る習慣をつけることにより養われ、芝居の見方とか、自分が芝居とどう向き合うかということがはっきりしますから、劇場にとにかく来ていただきたい。たとえば、舞台を観て分からなくてもいい。分からないことが罪だ、みたいな発想がどうしてもあるけれど、分からないなりに感じること、何だったんだろうと考えること、そのうちに分からなければもう一回観てみようという作品とも出会えるかもしれません。

永井│リピーター料金を設けなければいけませんね。

萬斎│ツイッターでいまどきのつぶやきを見ていると、わけが分からないものを咀嚼しようという若い人もたくさんいるんですよ。そういう動きも、今後の企画の参考にしたいですよね。

永井│地域との共生では区民の方々に表現の場を提供したり、普及でいえば劇場を飛び出して高齢者施設で公演を行ったり(@ホーム公演)、中学校演劇部の区大会を技術的に支援するとか、アウトリーチの活動が定着し、地域からは圧倒的な支持をいただいていますね。『地域の物語』に代表されるワークショップも多彩です。

萬斎│私が25年前にイギリスに留学したとき、ワークショップというものに初めて出合い、やっぱり自己表現を学ぶということはとても重要なことだと思いました。自己をどう豊かに表現していくか、それがしきれないという部分、鬱積してしまうみたいなところが人にはままあるわけで、発散したいとか、おちゃらける技術でもいいんだけど、何か豊かにしたりするきっかけをもらえる場ですよね。そして障害のある方もいろんな人が一緒になって、己を認識し、他者を意識しながら、表現する。社会はさまざまな人間の集合体なので、同じ人間だけが集まってやるのではなく、違う人間が集まってやるという意識。パラリンピックがこれだけ注目を浴びているときに、そういう障害の有無を超えた演劇というものも、もっともっとあってほしいですね。

東京2020を見据えて 多様な作品が並ぶ

 

萬斎│2018年度以降も、引き続き3つの芸術監督方針、「地域性、同時代性、普遍性」「伝統演劇と現代演劇の融合」「レパートリーの創造」という根幹は変わらずに運営していきます。

永井│話を具体的なラインアップに移しますと、世田谷区の劇場としての「地域普及」事業として、世田谷区民が主役のおなじみ『フリーステージ2018』にはじまり、またKAAT神奈川芸術劇場との共同制作で白井晃さん演出『 バリーターク』があります。

萬斎│首都圏の公共劇場と一緒に制作し、上演も両劇場で行う初めての試みですね。

永井│公共劇場同士助け合って、互いの特性を出し合ってつくろうという企画です。言葉だけでなく、フィジカルでも見せる舞台。今日の演劇は世界的にもそういう傾向が多くなりつつありますね。

萬斎│狂言劇場は特別版として、取り上げるのは能『鷹姫』と狂言『楢山節考』です。前者は戦前のアイルランドの劇作家ウィリアム・B・イェイツが能の影響を受けて書いた戯曲『鷹の井戸』をモチーフにした能で、後者は父と共に58年ぶりに能楽堂で改訂再演したものを、初めて劇場でやることで次なる可能性も見出したいと思います。

永井│夏は『 せたがやこどもプロジェクト2018』ですね。親子で劇場に来て楽しんでいただいて。

萬斎│『お話の森』に昨年初めて出演しましたが、子どもはおもしろい、おもしろくないに正直ですから、なかなか骨が折れました(笑)。今度は片桐仁さんが入ってくれますね。

永井│おもしろいメンバーが揃いましたね。秋には上海戯劇学院の 『風をおこした男─田漢伝』が日中平和友好条約40周年を記念し、国際交流事業ということで上演します。田漢という人は文化大革命で獄中で没した中国を代表する劇詩人ですが、演出は中国で現代演劇ならこの人という女性演出家・田沁鑫(デンシンキン)で、洗練された舞台です。お薦めの作品です。

萬斎│現代能楽集Ⅸ『竹取』、これまでにいろいろな劇作家・演出家の方にお願いしてきましたが、能狂言は本来フィジカルシアターのひとつだともいえますので、今回はマルチに活躍されている小野寺修二さんに委託して、選んでくださったのが「竹取物語」です。能楽的なものにどうインスパイアされながら構成、演出されるのか、楽しみです。

永井│10月、恒例の 『三茶de大道芸』ですね。これに関連して現代のサーカス、サーカス・シルクールが日本・スウェーデン外交関係樹立150周年の年にやってきます。次の森新太郎さん演出の『 The Silver Tassie 銀杯』はフットボール選手の話ですが、2020年の東京オリンピック・パラリンピックを意識した作品で、このアイルランド作家の戦前の戯曲を新しい形で見せる。音楽的な要素も強い芝居です。

萬斎│ 年が明けた2019年、栗山民也さんの演出作品が今年度も登場します。栗山さんは今日的な意味を反映して演出される、頼れる演出家です。

永井│続いて小川絵梨子さん演出の 『熱帯樹』、世界的にもバリューのある三島由紀夫の作品で、ギリシャ悲劇的なドラマチックな要素があります。海外招聘のストップギャップ ダンスカンパニーは車椅子使用者やダウン症などのパフォーマーが活躍するダンスです。舞台芸術の新たな可能性を知っていただける公演です。そして最後、3月には 『地域の物語』ですね。地域の方々が数か月のワークショップの成果を発表します。近年は「介助・介護」や男女の「生と性」など、アクチュアルなテーマに踏み込んでいます。

 

アーティストが お気に入りの劇場は 観客にとっても「いい劇場」

萬斎│こうしてみると2020年の東京オリンピック・パラリンピックを控えて、世界に発信し、また新しい表現方法を皆さんに問う、公共劇場としての使命が随所に感じられるものになっているのではないでしょうか。
私は東京2020の開閉会式総合プランニングチームの一人として任命されましたが、自分の古典芸能という伝統、かつ国を背負うというと仰々しい言い方になりますけれど、そういう観点がどうしても必要だし、日本人のアイデンティティを発信するということをあらためてもう一度考えたい。日本を理解してもらうチャンスだと思いますし、全世界に訴えるのは、言葉よりやっぱりフィジカリティが大きくなってきます。かつ、そこから想像力、イマジネーションを働かせるような仕掛けを考えていきたいと思っています。
ともあれ、世田谷パブリックシアター、シアタートラムにいらっしゃればライブパフォーミングアーツの醍醐味を味わっていただけます。ともに、客席と舞台が近い劇場ですからね。

永井│そうですよね。2階・3階席の端の席も私は好きなんです。舞台との距離が近くて身体に伝わります。

萬斎│お客様にはあまり知られていないことですが、多くのアーティストが使いたい!と言ってくださっている劇場です。それはなぜかというと、アーティストがじかにお客様と近い距離でコミュニケートできるというか、作品を通して出会えるという実感があるので、皆さん気に入ってくださるわけです。「世田谷だからやりたい」のは「劇場」自体の魅力も大きいのだと思います。アーティストが喜ぶ劇場で、単刀直入でいえば「いい劇場」なんですよ。皆さん、ぜひ劇場でお会いしましょう。

2018年度ラインアップ・リーフレットPDF
2017年度ラインアップ・リーフレットPDF
2016年度ラインアップ・リーフレットPDF
2015年度ラインアップ・リーフレットPDF

永井多惠子(ながいたえこ)

NHKで経済番組のキャスター、女性問題・文化等の解説で活躍。1990年、当時の浦和放送局長時代にはスタジオを市民の地域活動に開放、NHKのスタジオ・パーク構想の先鞭をつける。以後、解説主幹を経て退職。97年の開場時から世田谷文化生活情報センター館長を務める。2005年にはNHK副会長に招聘され、一時せたがや文化財団を離れるが、09年に復職。フランス共和国政府芸術文化勲章「オフィシエ」叙勲、モンゴル公共放送・特別賞を受賞。